第十話 師匠との再会
「…お前、なんだその頭は」
「うう…やっぱり似合わないですよね。それにしても久々に会えた弟子への第一声がそれですかミゲルさん」
「いやあ~、私はピンク髪のチヨさんも可愛らしいと思いますけどねえ」
「…別に、似合わないとは言ってないだろう」
相変わらず口数の少ないミゲルさんと賑やかな執事のロイさん。ふたりも良い意味でまったく変わってなくて安心した。
王都のレストランでの再会早々にミゲルさんに突っ込まれたのは私の髪の色について。
今、私は歌の力で髪の色をピンク色に染めていた。ついでに目の色も黒から緑に変えている。
生まれてこのかた黒髪黒目で生きてきた私としては自分のカラフルさに落ち着かない。ついでに全身を覆う深緑色のローブを纏っているので、まさにゲームに出てくる魔法使いみたいな出で立ちだと思う。
王都に到着して早々、ストフさんに連れられて行ったのはローブを取り扱っている洋品店。王宮の敷地内に魔法研究所があり、そこには国中の魔法使いが勤めているため、王都には魔法使い用の洋品店があった。
魔法使いが着るローブは、魔核を組み込まれたれっきとしたアイテムで、気配や印象を薄める効果があるらしい。国民のほとんどが魔法使いの存在を知らないとは聞いていたけれど、そういう風に世間にバレない努力もしているんだって。
私は魔法使いではないのだけど、その印象を薄める効果を狙って、ストフさんに着用を勧められた。それに大きなフードもついているので顔を隠すにも丁度良い。
せっかく印象を薄めたのにその派手な髪はなんだと言われそうだけど、これもストフさんの発案だった。
「チヨリもそろそろ分かってきたと思うけど、この国で黒髪黒目というのはそれだけで特殊なんだ。魔法のような力が使える女性で黒髪黒目という話が広まれば、どこに行っても一発でバレる。こうなった以上、ある程度能力について知られてしまうのは防げないから、いっそ別人としてイメージを広めてしまった方が良いと思うんだ」
ストフさんは他にも「…いや、いっそ女神として伝説の存在に…今回の件が終わったら女神は消えたことにしたら…」とかブツブツ言っていたけれど、まあそれは放っておくことにした。
洋品店ではなぜかカツラも取り扱っていたので、いろんな髪の色を試してみたんだけど、やはりカツラの不自然さが抜けず、自分としても気持ちが悪かった。そこで、だったら歌の力で髪の色を変えたら良いんじゃない?と気づいたのが先ほどのことだ。
カツラで何色か試してみたときに、いっそ奇抜な色の方がそちらに意識が向いて顔の印象が残らないということに気付いたので、最終的にはピンク頭で落ち着いたのだった。
そんなこんなで、王都でミゲルさんとロイさんに合流した私たちは、今後の打ち合わせをしながら北端の砦へと馬車で向かうのだった。
「それにしてもストフさん、こんなにすぐに出発して良かったんですか?王都にはご実家もあるんですよね?」
「…ああ、良いんだ。母に会うとうるさいからな。…それにどうせこの戦いが終われば嫌でも会うだろうし…」
「……?」
お母さんとあまり仲良くないのかな?まあ、家庭の事情は様々だし、確かにストフさんの言う通り、今は先を急ぐけれど、北端の砦の問題が片付いてから帰りにも王都は通るので、そのときに会ったら良いってことなのかな。
なぜかロイさんは「実家」という単語に妙にウケていたけど、なんなんだろう。
他人様のご家庭の事情なのであまり深く聞くつもりはないけれど、そこでふと気づいた。
「あれ?そういえば、ストフさんのお母様ってミゲルさんのお姉さんですよね?ミゲルさんは会ったんですか?」
「…ああ、オレとロイはしばらく王都に滞在していたからな…あの人は…なんというか…相変わらずだな」
「…でしょうね。元気だとは聞いています」
なんとなく歯切れの悪いミゲルさんとストフさん。ふたりとも苦手そうな口ぶりだから、もしかして厳しい方なのかもしれない。
馬車の空気が重くなったので、私は話題を逸らしたのだった。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
王都で馬を交換した馬車は、雪道にも負けず猛スピードで進んだ。途中の街で一泊して再度馬を交換し、翌日の昼頃には北端の砦から最寄りのライという街に到着した。
馬車の中でいろいろと打ち合わせをした結果、私はとりあえず二日ほどはこの街で待機する予定となっている。
本当はそのまま砦に向かうつもりだったんだけど、ストフさんとミゲルさんから猛反対された。いろいろと情報は入って来ているものの、最新の状況を確認し、ライの街から砦までの街道の魔物出没状況なども調べたいので、要するに私は足手まといになるということだ。
そのあたりの確認が済み、砦で今後の作戦の打ち合わせ等が済んでから私も現地へと向かう手筈になった。
それに、ただ待つのではなく、私にはこの街にいる間にやるべきことがあった。
魔物掃討作戦で必要になると思われる、音声通信用の箱。インスの街で設置したものは、今後のことを考えてそのままになっているので、新たに複数の箱を作る必要がある。
本当は自分の力を込めた魔核だけでも使えるんだけど、消しゴムほどのサイズの魔核は意外ともろく、雑に扱うとすぐにキズがついたり欠けたりしてしまうので、戦場で使うためにはやはり箱で覆った方が良いと判断された。
スピーカーのようなイメージで使えばひとつでも結構な音量が出せることは道中でも確認済みだけど、なんといっても魔物がどんどん湧いてくることで有名な死火山の
用心の意味でも、可能な限り多くの箱を作り、広範囲で音を響かせる必要があるのだった。
ミゲルさんの執事のロイさんが、実は剣術やら体術やらの達人ということで、私の護衛のためにと一緒に街に残ってくれることになった。
主を守らなくて良いのかと心配になったんだけど、そもそもミゲルさんはロイさんよりも強いので、そこは気にしないで良いそうだ。
それに、ストフさんとミゲルさんは私の作った箱をすでに持っているので、何かあれば連絡を取ったり相談したりも問題なくできる。
私は前にストフさんにかけたのと同じ、体力や防御力強化のための祈りの歌をふたりに向けて歌った。効力は長めに三日ほど続くようにかけたので、しばらく会えなくても大丈夫なはずだ。
祈りの歌初体験のミゲルさんは興味深そうに体を曲げたり伸ばしたりしている。
「…これはすごいな。この力も出撃の際には借りるかもしれない。大人数相手にもかけられるのか?」
「大人数で試したことはないですけど、これはひとりでも結構消費量が多いです。ただ、今は敏捷性の向上や毒とマヒの耐性等も付加してますが、単純な体力と防御力の強化にして、短時間で設定すればいけるとは思います」
「…なるほど。それだけでも可能ならばありがたいが、お前の負担が大きくなりすぎるか…。砦にいる間に少し考えてみよう」
ミゲルさんの言葉に、ストフさんも頷いた。
「そうですね。魔物を眠らせることがチヨリの最大の役目になるでしょうから、なるべくそれ以外の負担は減らしたいところです。以前叔父上の言霊使いの力を魔法使いと組み合わせていたように、チヨリの力を拡大するようなことができないでしょうか?」
「…ああ、理論上は可能だな。戦力の配分と同様にそのあたりも検討する」
「はい、そうしましょう。ではチヨリ、行ってくるよ。チヨリを砦に呼ぶ際には私が迎えに来るから、絶対に街から出てはダメだよ。それから、箱作りは確かに大事だけど、根を詰めて無理はしないように。ロイ、チヨリが頑張りすぎないようによく見張ってくれ」
「かしこまりました、ストフ様」
「…お前はこいつの母親か?」
ロイさんはストフさんにお辞儀をしながら答え、ミゲルさんは呆れた声で言った。…確かにストフさんはちょっと過保護なところがあるとは思う。
「もちろん気をつけますって!ロイさん、しばらくお世話になりますがよろしくお願いします。ストフさんとミゲルさんも、歌の効果があるからといって油断はしないでくださいね」
こうして、それぞれのやるべきことを確認し、全員がとにかく安全第一で動くことを約束してから、ふたりは砦へと向かって行った。
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