第三話 影の伝令者に私はなる!

「チヨ、どうですか状況は?」


「はい、今のところ街に魔物は入ってきていないようです。だいぶ街から離れたところで交戦しているのであまり音が拾えないんですけど、戦況は悪くなさそうですよ」


 今日は子ども部屋ではなく二階の一番大きな客間に子どもたちを集めて寝かせた。

 何かあったときに全員で素早く動くためだ。子どもたちはストフさんが不在の夜に最初は少し不安げな様子だったけれど、部屋の中に簡易テントを用意したところ、キャンプのようだとご機嫌で、今は遊び疲れて三人とも眠っている。


 そして私はというと、ベランダで空の様子を眺めながらある能力を使っていた。


 ポーラさんが熱いハーブティーを淹れて持ってきてくれたので、ありがたくいただく。眠いわけではないけれど、少し酸味の強いお茶で、頭がキリッと冴える感覚がある。


 今私が使っているのは、ミゲルさんとの修行で出来るようになった物体転送の応用技。自分の力を込めた魔核を小さな箱に入れ、街のあちこちに設置してある。


 主な設置場所は街の外周を囲む壁。東西南北とその中間を含め、計八か所。それから、万が一の際に避難地にできそうな公園数か所と、住宅が多いエリア数か所。街全体をほぼカバーできる配置にしてある。


 この箱は、以前のように手紙や物を飛ばすためではなく、疑似的に自分の耳を増やす、つまり集音マイクのようなイメージで作ってみた。緊急時に歌のスキルを使えば、箱の周辺の音が私の耳まで届く仕組みになっている。

 箱の存在は自分の一部のように感じられるので、どこに設置した箱から聞こえた音なのかも認識できることは実験で確認済みだ。


 今、街の中は静まり返っているので、魔物の侵入は起きていないことが分かる。

 そしてかすかに音が聞こえるのは、東と北東の外壁に設置した箱から届いたもので、街の外でストフさんを含む兵士さんたちが戦っていることが分かる。


「このまま何もないと良いんですけどね。さあ、冷えますから少し中に入ってください。音は室内でも拾えるんでしょう?」


 ポーラさんの言う通りだった。別に私が外にいる必要はないんだけど、なんとなく、外で戦っている人たちのことを思うといてもたってもいられない気持ちで、寒い中ベランダまで出てきてしまったのだった。


「そうですね……あっ!!」


 私の顔色が変わったことを察してか、ポーラさんは息をひそめて私を見る。私は耳に手を当てながら、音が聞こえた方角を確認する。

 これも別に手を当てようが当てまいが変わらないんだけど、気持ちの問題だ。なんとなくこの方がしっかり音が聞こえるような気がするから。


 音が聞こえたのは西門付近に設置した箱からだった。ふたりの門番が遠くに魔物の群れが見えたと言って騒いでいる。さらに集中して音を拾えば、微かだけど確かに魔物の遠吠えも聞こえている。ということはすでにかなり街の近くまで魔物は迫っている。


 二つの魔物の群れが同時に出現するなんて前例はないと聞いていたけれど、起こってほしくないことが起きてしまったと悟った。

 しかも最悪なことに、先に出現した魔物討伐のため、街の戦力は今は東側に集中している。

 西側に新たな魔物が出現したことを伝令し、部隊を再編成して兵を送るには、最低でも一時間近くかかってしまうだろう。それでは間に合わない。


「ポーラさん、ペンとメモ用紙をお願いします!」


「はい!」


 先にポーラさんが室内に戻り、筆記用具を用意してくれた。私はストフさん宛に短い手紙を書く。


“西門付近に別の魔物の群れ出現。おそらく規模は東側と同程度”


 急いで、でも暗い中でも字が読めるように、なるべく大きく丁寧に書いた。ストフさんには、山小屋生活中に作っておいた私の手紙を転送できる文箱を持ってもらっている。戦闘中では気付かない可能性があるので、良く音が響く鈴をメモと一緒に送る。


 すぐに救援を送ってほしいとか、そんなことは書かなかった。それはプロの兵士さんが判断することで、素人の私が口を出せば混乱を招き、不安を煽るだけだから。

 私がすべきことは、能力を使って確認できた情報をストフさんに素早く正確に伝えることだ。この役割についても事前にストフさんと打ち合わせしてあった。


 …お願い、ストフさん。どうかすぐに気付いてください!


 子どもたちを起こさないように外に出て小さめの声で、転送ソングをうたった。


「この手紙~届いて~♪ ストフさんが持つ~あの箱へ~♪ 鈴も送るから~どうか~すぐに気付いて~♪」


 我ながら相変わらずセンスの欠片も感じられない歌とメロディーだけど、師匠ミゲルさんに倣い、最低限簡潔にまとめることを目指しているので仕方ないと自分に言い訳しておく。


 手紙は鈴と一緒に無事に私の手から消えたので、あとはストフさんがすぐにでも読んでくれることを祈るばかりだ。


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