第十二話 ポンム事件はなぜ起きたのか
「えっ、二日も!?」
朝の混乱が収まり、みんなでポーラさんお手製の朝食を食べながら話を聞くと、なんと私が昨日だと思っていた“ポンムの実をつけようとしたら四本目で私が倒れちゃった事件”、略してポンム事件は、おとといの出来事だったそうた。私はそれからずっと眠り続けていたんだって。
そりゃあストフさんもノックを忘れるほど心配するわけだわ。本当に申し訳ない。
ちなみに私の見舞いがてら、昨日シェリーが訪ねてきた際に着替えや化粧品を持ってきてくれていて、今朝私はきちんと身なりを整えることができた。
さすがしっかり者のシェリーだわ、大好き。ジャンさんとノエラさん、バルドさんにも心配かけちゃったんだろうな。帰ったら謝ろう。
眠っていたときに着ていたネグリジェはポーラさんが貸してくれたもので、「着替えさせたのも私ですのでご安心ください」とキリッとした表情で言われた。
確かに、それがストフさんだったら恥ずかしいやら貧相な体を見せてしまって申し訳ないやらで死にたくなるし、ネグリジェも、もし亡くなった奥様のものだったら心苦しすぎる。私はポーラさんに心からお礼を言った。
朝食後、子どもたちのお世話をポーラさんに任せ、私はストフさんの執務室に呼ばれた。ソファー越しに向かい合っているけれど、なぜかこれまでにないほど重い沈黙が流れている。
ストフさんは組んだ手を膝の上に乗せ、何かを思案しているような表情だ。沈黙が耐えきれず、先に私から口を開くことにした。
「あの…ストフさん。本当にこの度は大変なご迷惑とご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした…」
私は座ったままだけど、出来る限りの低い位置でのお辞儀を繰り出した。日本人の特技だ。
「…いや、私がそばで見ていたにも関わらず、倒れる前にチヨリを止められなかったのも悪かった。気にしないでほしい。今日は能力も問題なく使えたみたいだし、体力も回復したようで良かったよ」
ストフさんは柔らかな声でそう言ってくれたけれど、表情はまだ硬いままだった。私がしでかしたことにちょっと怒っているのかと思ったけれど、今考えているのは別のことらしい。
一度深く深呼吸をしてから、ストフさんは思い口を開いた。
「…チヨリ、これはあくまで一つの意見として聞いてほしいんだけど…」
私が目で頷くと、ストフさんは言いにくそうに続けた。
「今回のことで思ったんだ。チヨリはやはりもっと自分の力の性質や使い方を学ぶべきじゃないかと。チヨリ本人も工夫していろいろ検証していたし、私やポーラの目もあれば大丈夫かと楽観的に考えていたんだけど、今回の結果になってしまった…」
もっとしっかり学ぶべきという意見には私も賛成だ。加減が分からずに今回のように周りに迷惑をかける事態は避けたい。でも、正体不明の私のチート能力について学ぶ方法なんてあるのだろうか。
その疑問が顔に出ていたのか、ストフさんがさらに続ける。
「おととい倒れたときのチヨリの顔からは血の気が引いていて、その後は完全に意識を失った。その症状は、魔法使いの魔力欠乏の症状によく似ていると思ったんだ。チヨリを診てくれた医者の見立ても同じだった。身体的な異常はまったく見られないのに、突発的に意識を失うほど消耗するような事例は魔法使いでしか見たことがないと」
詳しく聞いてみると、この世界の魔法使いというのは、日本の有名RPGやファンタジー小説のような強大な力を持つ人は滅多にいないものの、魔法の強さには個人差があり、毎日使用可能な魔力量にも差があるとのこと。要するにゲームで言うところのMP的なものがあるんだなと理解する。
そして計算せずに魔力を使えば「魔力切れ」や「魔力欠乏」といった症状が出てしまうことは当然らしい。
そうならずに持てる魔力を最大限を生かせるよう、各国で魔法使いは保護され、それと同時に研究所で働きながら力の制御や限界についても学ぶのだと。
「魔力量というのも、基本的には睡眠や食事などをしっかりとって休息することで回復するんだよ。チヨリの場合は一日四回という回数制限があると言っていたけれど、おとといは四回目の途中で倒れてしまった。それはおそらく、あの大きなポンムの木を実らせるには膨大な力が必要で、四回目の途中で魔力切れと同じような状況になったんだと思うんだ。これまでそうならなかったのは、おそらく一日あたりに使う力の量が少なかったからだろうね」
確かに、私は自分の力の範囲や限界というのがよく分からなかったので、回数制限があるようだと気付いてからは毎日限界までは使用せず、一・二回ほどに留めていた。
例外的に大きな力を使ってしまったと考えられるのは、最初の頃にうっかり天気を変えてしまったときと、ストフさんの治療をしたときくらい。
前者の日は他に能力を使ったのは部屋の端にあったハンカチを一枚手元まで飛ばす&冷めてしまったパンを温めるなんていう、どう考えても些細な内容だったし、ストフさんを治した日は他には一度も能力を使っていない。
初めて巨大な木に四本連続で能力を使うなんてことを試したのが良くなかったのかもしれない。要するにキャパオーバーだったんだな。
「残念ながら私は魔法の素質は皆無だったので、ちょっと本で読んだ程度の知識しかないんだ。そして、魔法使いは国で保護されるから、こんな田舎街では魔法の知識を持つものなんていない。医者もたまたま昔一度、戦場で倒れた魔法使いを見たことがあって知っていただけで、一般市民には魔法使いの存在自体ほとんど知られていないんだ。だから現状一番良いのは、チヨリのことを国に申請して王宮の魔法研究所で訓練することなんだけど…」
「え、それは嫌です!」
私は即答した。
だってそれってつまり国に対して私の力がバレバレになるわけで、チート持ちということで他の魔法使いにバッシングされるとか、権力に都合よく利用されるとか、一生軟禁されるとか、明るい未来がまったく想像できない。
実際には魔法研究所勤めというのは高給取りで名誉職でもあるらしいけれど、怖いものは怖いし、何より身元が怪しすぎる私が王宮に上がるなんて冷や汗ものだ。
「…だよね。そう言うと思ったんだよ」
私の反応に、ストフさんも苦笑いだった。どうやら予想されていたらしい。
「まあ、そもそもチヨリは“魔法使い”というくくりに入れられるのかも微妙だからね。そこで、ひとりだけ、魔法や特殊な力に詳しい人で心当たりがあるんだけど……一言で言うと、めちゃくちゃ偏屈で気難しい人なんだ。会いに行ってみる気、ある?」
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