第十三話 レアで素敵なジョブの存在を知る
ガタンゴトンと、馬車の揺れに合わせてお尻が跳ねる。高速バスや新幹線の速度に慣れている日本人からすればスピードは遅いので酔ってはいないけれど、そろそろお尻が赤く腫れ上がっているんじゃなかろうか。
やっぱり乗合馬車じゃなくて、脚力強化の歌とか、椅子に座ったまま空を飛ぶ歌なんかを作って自力で来れば良かったかも…と、何度目になるか分からない後悔をため息に乗せる。
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きっかけは、ポンム事件の後、ストフさんに言われた言葉だった。
「言霊使い?」
初めて聞く単語に思わず聞き返した。
なんだその言葉。魔法使いに続いて、私の中に隠れていた中二心というかゲーマー魂というか、そういうものに火がつきそうな素敵ワードじゃないか。
「なんでそんなに目をキラキラさせているのか分からないんだが…まあ、言葉通り、詠唱を用いて魔法のような力を使う能力者のことだよ。魔法使いも珍しいけれど、言霊使いはそれより何十倍も何百倍も珍しくて、そもそも存在自体が公になっていないから、世に知られていないんだ。私の知る限り、この国にはたったひとりしかいない。たぶん、その力は魔法よりもチヨリの能力に近い性質のものだと思うんだ」
ストフさんは真面目な顔で説明をしてくれた。そんな世間に知られていない特殊能力を持つ人をなぜ知っているのかと聞いたところ、なんとその言霊使いはストフさんの叔父様なのだという。
まさか身近にレアな能力者の血縁者がいたなんて驚きだけど、ストフさんは叔父様の力を知っていたからこそ、私の力もすんなりと認められたのかもしれない。ポーラさんも幼い頃にストフさんのお世話をしていたくらいなので、叔父様とも面識があり、力のことも大まかには知っていたという。
「ですがストフ様、確かに叔父上…ミゲル様の能力はチヨの力に近いものを感じますし、あの方は魔法についても造詣が深いので、協力してくださるならとても頼もしいのですが…その…大丈夫でしょうか……」
子どもたちがお昼寝タイムに入ったので、ポーラさんお手製のポンムパイと紅茶をいただきながら大人だけで話しをする。
…それにしても、このポンムパイ、めちゃくちゃおいしいわ。薄桃色をした皮も一緒に煮ることで、フィリングが綺麗なピンク色に染まり、香りも立つんだって。味はアップルパイを少し酸っぱくした感じなんだけど、その分さっぱりしていていくらでも食べられる。
倒れてしまったのは猛省案件だけど、こんなおいしい果物を実らせられたなら私の力は無駄じゃなかったと思える。おっと、いけない、ついついポンムパイがおいしすぎて気が逸れてしまっていた。
のんきな私のことはさておき、いつも歯切れよく話すポーラさんが、なんだか妙に言い淀んでいる。ストフさんの表情も暗い。
「…そこなんだよなあ。叔父上が素直に力になってくれるかどうかは私としても何とも…」
なんだかふたりでゴニョゴニョと喋りながら、私をチラ見して、またゴニョゴニョと話している。一体なんなんだろう。
「あの、それほど気難しい方なのでしょうか?それとも、私に何か問題があります…?」
不安になって尋ねると、ストフさんは慌てて否定した。
「いやいや!チヨリには何の問題もないんだよ!問題があるのは叔父上の方で…あの人はなんというんだろうね。癖が強いというか変わり者というか偏屈というか…」
「ストフ様、それ全部同じ意味ですよ」
ポーラさんがもっともなツッコミを入れた。
「まあ、全部当てはまるよね。叔父上は気に入った人間や一度懐に入れた人間にはとても優しい方なんだけど、気に入られるまでが難しいんだ。私はたまたま子どもの頃から可愛がられていたんだけど…」
「可愛がられていたというか同情されていたというか…。おそらくミゲル様はストフ様に自分と同じ空気を感じたのだと思いますよ」
「ああ、そうだろうね…叔父上も私もお互いに苦労しているから……」
ストフさんはなんだか遠い目をしていて、ポーラさんも可哀相なものを見る目でストフさんを見ている。なんだろう、すごく気になる。気になるけど、今はそれよりもどうやったら私の力になってもらえるかということだ。
「その、ストフさんの叔父様のミゲル様?がなんだか難しい方だというのは分かりましたが、私と合わなそうな方なんでしょうか?」
先ほどからのふたりの視線に意味がありそうなので、恐る恐る聞いてみる。
「うーん、本当にチヨリがどうこうという問題じゃなくてね…。叔父上は誰に対しても気難しい人ではあるんだけど、とくに若くてうるさ…ゴホン、賑やかで、ワガマ…ゴホゴホ、マイペースな女性を苦手とされているんだよ。…たぶんだけど、チヨリなら大丈夫かなという気もしないでもなくもないかも…?」
口ごもるストフさんに、ポーラさんも同意した。
「そうですね、チヨは年齢はさておき、見た目は小さくて人畜無害な女の子という感じですし、意外とやんちゃではありますが根は穏やかなので大丈夫かなという気がしなくもないですね」
「…ポーラさん、何気に私に対して辛口ですね?」
年齢は事実だから別に良いけど、なんか褒められてなかった気がするよ今の。遠回しに子どもっぽいって言われた?
まあそんな会話を繰り返し、ようやく分かってきたのは、ストフさんの叔父様であるミゲルさんは変わり者で、ここから馬車で丸一日ほどの街で暮らしているということ。
人間嫌いで、とくに若い女性が苦手。子どもや小動物には優しいので、私なら大丈夫かもしれないこと。
…この日の会話で、ストフさんとポーラさんに自分がどう見られていたか分かってちょっと泣きそうになったのは秘密にしておく。
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