第十一話 知らない天井だって言い損ねた

 生成り色の柔らかなカーテンの隙間から細く漏れた光を受けて目覚めると、私は一瞬どこにいるのか分からなかった。


 ぼーっとする頭で部屋を見回すと、すぐに理解する。ここはストフさんちで私の休憩用に用意してもらっている部屋だ。


 この家では子どもたちと一緒に過ごすことが多いけれど、「部屋は余っているし、子ども相手の仕事は体力勝負。安全を気にして気も張るだろうから」と言って、子どもたちの昼寝中などに私が気兼ねなく休めるようにと、ストフさんが与えてくれた部屋だった。

 着替えや仮眠に使って構わないとは言われていたものの、一度もこのベッドで休んだことはなかったので、一瞬状況が把握できずに困惑してしまった。


 そして、朝日が差し込んでいるということは、一夜明けているのだろうと理解する。昨日四本目のポンムの木を実らせようとして自分の力を使ったとき、段々と意識が遠ざかったことは覚えていた。

 たぶん私がそのときに倒れ、そのまま目を覚まさなかったため、ストフさんちに泊めてもらったんだろうな。


「どうしよう…とっても申し訳ないし、恥ずかしい…」


 思わず呟き、ポーラさんが用意してくれたであろうふかふかの掛布団に顔をうずめる。ストフさんはあれほど注意してくれていたのに、自分の体の状況も分からないまま倒れこみ、どれほど心配させてしまったのかは想像に難くない。


 意識が落ちる前に誰かの腕に支えられたことはなんとなく覚えていて、誰かというか状況から考えて間違いなくストフさんなわけで、思わず顔が熱を持ったのを感じ、両手で顔を覆う。


 え、ナニナニ?もしかして私、いわゆるお姫様抱っこで運ばれたってこと?ダメでしょそれ、十代の可愛い女の子なら絵になるけど、アラサー干物女がやってもらっちゃ絶対ダメなやつでしょ!


 呼吸を整え、なんとか恥ずかしさをやり過ごすと、今後は申し訳なさが込み上げてくる。


 ストフさんのことだからシェリーたちが心配しないように、ジャンさんの宿屋にもきっと連絡をしてくれたと思う。倒れて運んでもらった上にめちゃくちゃ迷惑をかけたことは明らかだった。


 今が何時なのかは分からないけれど、とりあえずすぐに謝らなければと思い、起き上がろうとしたけど、足腰にまったく力が入らない。


「う…これはヤバいかも…なんか体がふにゃふにゃする…。あ、そうだ!」


 おそらく昨日倒れたのは私の能力のキャパオーバーが発生したのだと思う。倒れたことなんてこれまでなかったし、力がどのくらい回復しているのかも分からない。

 でも、なんとなくだけど、体に力が入らない以外は普通の体調な気がしたので、以前ストフさんが訓練後で相当疲れていた日に実験させてもらった、体力回復ソングを歌ってみる。


 力が使えなかったら…なんて不安は杞憂だったようで、問題なく効果は発動した。体が軽くなったのを感じる。よし、これで動けるわ。


 なんて思っている間に、慌てて廊下を走るような音が聞こえ、ノックもせずにストフさんが部屋に飛び込んで来た。


「チヨリ!目が覚めたのか!?…本当に良かった。…じゃなくて、さっき能力を使うための歌をうたっていただろう!?ダメじゃないか安静にしてないと!力なんて使ったらまた倒れるかも…!」


 慌てた顔で駆け込んで来たストフさんは、私を見て一瞬安心した顔をしたけれど、すぐに怒り顔へと表情を変えた。

 いつも穏やかで、子どもたちを叱ることはあっても感情的に怒ることがないストフさん。こんな恐い顔を見たのは初めてだ。それだけ、私のことを本気で心配してくれていたことが分かる。



「あの、ストフさん…本当に申し訳ありませんでした。きっとたくさん…ご迷惑をお掛けしたようで…」


 謝りたいことが多すぎて、うまく言葉が出てこない。先ほどのお怒りオーラを引っ込めたストフさんの表情は、今度は眉毛をハの字に曲げ、心配そうなものへと変わる。


「いや、こちらこそ起きたばかりの病人にすまなかった。…体はもう大丈夫か?どこか痛いところとか、変な感じがするところはないか?今の歌は大丈夫だったのか?」


 矢継ぎ早に質問を投げられ、アワアワしていると、掛布団の上に三つの何かが飛び込んで来た。


「チヨ、おはよう!もうだいじょうぶなのー?元気になったー?」

「やっと起きたんだな!あそぼうぜチヨー!」

「チーーーーー!んきゃーーーー!!」


 エミール、ブレント、ルチアが突進してきた。


「はいはい、ぼっちゃま方。チヨはまだお休みしていた方が良いですからね、はい、どいたどいた!それにストフ様、心配なのは分かりますが、レディーの部屋にノックもなしで駆け込むとは何事ですか」


 子どもたちを連れてきたポーラさんが、手際よくポイポイッと私のベッドに飛び乗って来たエミールとブレントを下ろす。ふたりはブーブー言ってるけど。


 ベッドまで高速ハイハイで突進してきたルチアは、反射的に抱き上げてしまったので、私の膝の上でお座りしながら、私の髪の毛を触ったり引っ張ったりして遊んでいる。うん、今日も可愛いな。


 そしてストフさんは自分がノックを忘れていたことに気付いてもいなかったようで、驚いた顔を見せた後に、しゅんとして「すまなかった…」と謝ってくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る