第十話 替え歌と異変

「チヨリ、無理はしないで。ダメならそれで良いんだ。少しでも体や思考に異常を感じたら絶対に止めるんだよ」


 何度も良い聞かされた言葉を、最後にもう一度念押しで告げられる。ストフさんは意外と心配性だ。


 ストフさんの後ろで子どもたちの面倒を見ながら、ポーラさんも真剣な顔でうんうんと頷いているので、私がよほど危なっかしく見えるのかもしれない。


「はい、分かってます!ではやってみます!」



 ストフさんとポーラさんは、すっかり私の良き理解者兼相談役になってくれている。


 今日は、裏庭にある樹齢三百年は超えているというポンムの木に実をつけるという実験を行う。

 ポンムの実は、味も形もリンゴによく似ているんだけど、皮が薄桃色の果物。この世界では気候を問わず一年中採れるし、生でも煮てもおいしいので、非常にポピュラーなフルーツだ。私も気に入ってよく食べている。


 でも、ポンムの実は普通は植えてから百年も経つと実を付けなくなってしまう。木は枯れなくても、不思議と徐々に実る力はなくなってしまうらしい。そしてそんな状態のまま大きく育ったポンムの木が、ストフさんちの裏庭には十本ほど生えていた。


 どの木も幹が太くて、私が両手を広げて抱き着いてみても半周くらいまでしか腕が回らない。私としてもこれほど立派な木を十本同時に実らせるようなイメージは持てず、一本ずつ試してみることにした。

 そう、つまりこれは物理的に体積が大きなものに能力を使った場合の検証なのだ。


 一本目の木に手を触れながら、昨夜考えてきた自作の『ポンム食べたいソング』をうたう。


「おーおーきな りっぱなポンムの木♪ ご先祖様が~植えた~♪」


 この木は大昔にこの家の当主が植えたものだと伝わっているそうだ。三百年も経っているならその伝言ゲームが正しいかどうかは定かではないとストフさんは笑っていたけど。


 私は気持ちをこめ、高らかに歌う。あたかも自分が作った名曲のように。

 …何を隠そう、今私が歌っているのは替え歌だった。


 いや、ここに地球から来た人がいたらこの歌が替え歌だってことにはすぐ気づくんだろうけれど、誰にもバレないし、ここでは私が歌えばそれば私のオリジナルソングになるかもしれない。


 権利教育を受けてきた私としては著作権とか楽曲使用料とか引っかかる気持ちはあるんだけどね、払いようもないし。たぶん請求してくる団体もここには存在しないだろう。


 歌の能力に気付いたとき、自分のオリジナル曲じゃないと効果が出ないかと思ったんだけど、その後の検証で歌詞がオリジナルだったら良いと気づいた。意外と融通の効く力で助かる。


 自分で適当に作った鼻歌をうたうこともあったから、完全オリジナル曲を作れと言われてもなんとかなるにはなるんだろうけど、正直咄嗟に歌詞とメロディーの両方は思いつかないのよ。そういう作曲センスみたいなものもチートとして備わっていたら良かったんだけど。


 そこで最近活躍しているのが替え歌。

 メロディーや元の歌詞のイメージがあるから、言葉を乗せやすいし、あらかじめ頭の中で考えておけば使いやすい。中高生の頃はよく替え歌で自作の歴史ワード暗記ソングを作っていたんだけど、思わぬところでその経験が生きている。


 『ポンム食べたいソング』を最後までノリノリで歌いきった。そして木の幹から手を離し、十歩ほど下がって見上げると…



「わー!チヨすごーーーい!!」


「ポンムの実だ~~!ねえ、とーちゃ、オレがとりたい!抱っこして!」


「んきゃーーーー!」


「ワオーーーン!(さっすが姉御でさあ!)」


 私が声を上げるよりも先に、子どもたちと犬のウルフがはしゃぎだした。

 樹齢三百年と言われるポンムの大木いっぱいに、薄桃色のポンムの実がわんさか生っていた。



「…本当にすごいな、チヨリは」


「…ええ。本当にすごいですね…」


 はしゃぐ子どもたちを尻目に、ストフさんとポーラさんは目を見開いて驚いている。私の能力自体はすでにふたりとも知っているけれど、ポンムの木は樹齢百年を超えたら実がならないという常識を持っている大人だからこそ、余計に驚きが大きいのだと思う。



 あまりにも大量に実が生ったので、二本目以降で試しても大丈夫かどうかポーラさんに確認してみると、たくさん採れたら売っても良いし、ジャムにして瓶詰で長期保存も可能だから、気にしなくて良いとの返事で安心した。


 そうして二本目、三本目の木までは順調にたくさんのポンムの実が鮮やかに色づいた。その都度、ストフさんにはしつこいほど体調に変化はないか、どこか違和感はないかと質問されたけれど、自分ではまったく影響は感じられなかったので、そう答えた。



 だがしかし、四本目は違った。


 最初は同じように歌っていたのだけど、徐々に声が出なくなっていった。喉が枯れるほど長時間歌っているわけではないのに、胸の奥で何かが詰まっていくような感覚。


「…!チヨリ、止めた方が良い!顔色が悪いぞ!」


 ストフさんが大声を上げて私の方へ駆け足でやってくる気配を背中に感じたけれど…


「………!!チヨリ、危ない!!」


 どんどん自分の歌声もストフさんの声も、後方で遊んでいる子どもたちの笑い声も遠のいていき、視界が真っ白になっていくのを感じた。


 全身の力が抜けて崩れ落ちる瞬間、細いのに筋肉質の腕がしっかりと私の体を支えてくれたような気がした。


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