第八話 遭遇!異世界の死神?

 今日の午後はバルドさんが他の用事があるとのことで、ひとりでいつもの公園にやってきた。収入的には夜の食堂ライブだけでも毎日安定してチップをいただけているけれど、今の私にとっては歌が仕事。自立を目指すためにも少しでも外でライブをして稼がないといけないと思っている。


 ちなみにバルドさんからストリートライブを規制する法律などはないことを教えてもらったので、今では安心して歌っている。うん、知識って大事。



「あー、チヨだ!チヨ~~~!」


「チヨねーちゃんだあ!お歌うたってくれるの?」


「わーい、チヨだ~~~!」


 すっかりストリートライブの定位置となった公園の銅像前まで来ると、すぐに周囲を子どもたちに囲まれた。定期的にここで歌っているので、この公園が遊び場兼お散歩コースになっている子どもたちやそのご家族とはすっかり顔なじみになった。子どもたちは私にとってこの世界のことを教えてくれる先生でもある。


 最初に声をかけてきた男の子のママさんが話しかけてきた。


「先週は来なかったから、ちょっとだけ心配していたのよ。元気だった?」


「はい!先週は、バルドさんと隣の街で歌っていたんです。心配かけてごめんなさい」


「いえいえ、自分のペースで良いのよ~。でも、子どもたちはチヨちゃんの歌が大好きだからね。来てくれて嬉しいわ」


 このママさんとは何度か話をしたこともあり、私がこの世界の言葉に不慣れなのも知っていてゆっくり話してくれるのでありがたい。


 明らかに外見がこの辺りの人間ではないから警戒されても仕方ないと最初は思っていたのだけど、後でシェリーやバルドさんに聞いたところ、人種や国籍の違う人間はたくさんいるし、ドワーフやエルフといった異種族国家もあるのでそれほど気にはならないらしい。


 私がこの街に来たときに遠巻きにされていたのは、どちらかというと見慣れない変な服装(しかも汚れてボロボロ)、荷物もなく裸足で歩いていることそのものが不審だったみたい。やっぱりあのロンTとパジャマズボンはダメだったか…。しかもあのときはノーブラだったから、ついつい気になって背中を丸めて歩いていたし、余計に怪しかったかもしれない。



 歌い始める前には、いつも同じように大きく数回深呼吸をする。呼吸のテンポに合わせてどこまでも意識が澄み渡り、頭の中でぼんやりと考えていたことが消えていく。


 どこか遠くの方で泣いている赤ちゃんの声が聞こえる。泣いているその子まで届くようにと願いながら歌い始める。実際にはそんな遠くまで声が届くはずもないのだけれど、イメージの問題なのだ。なんとなくこうやって想像すると、声がよく伸びていくような気がするから。



 今日のお客さんは子どもたちが中心なので、子ども向けの歌をジェスチャーも交えて歌う。バルドさんにたくさん習ったので、今ではこの世界の子守歌や童謡もいくつか覚えて、レパートリーに加わっている。一時間ほどのライブを終えると、子どもたちからもっと歌ってー!とか、もう終わりなのー?といったブーイングが出るほど盛況で、私としてもとても楽しい。


 この時間については子どもたちや保護者とのやり取りを含めて異世界勉強の時間だと思っているので、あまり収益は気にしていない。その代わりに、子どもたちがお菓子を分けてくれたり、ママさんたちが手作りのパンを差し入れてくれたりするので、ありがたく頂戴している。




 子どもたちが家路につき、私はベンチに座って一息つきながら、ママさんのひとりからいただいたビスケットを食べていた。子ども連れやお年寄りが帰宅し、仕事帰りの大人たちがやってくるまでのこの時間帯は、一日の中で唯一、公園から人気がなくなる時間帯でもある。


 私がのんびりビスケットを味わっていると、突然背後から声をかけられた。



「…あの……すまない。…あなたに…頼みたいことが……」



 男性の声に驚いて、ビスケットを口に咥えたまま振り向くと、そこにはぬらりというかフラりというか、とにかくユラユラと揺れながら立つ背の高い男の人がいた。


 長身でお年寄りではなさそうなのに腰を曲げ、髪はボサボサ、乱れた長い前髪に隠れて顔はほとんど見えない。黒いマントを羽織っていて、男の人の動きとは別の何かがお腹のあたりでモゾモゾと動く。


 表情は見えないけれど男性の顔色は死人のように青ざめていて、私には死神のようにしか見えない。異世界にも死神っているんだなあ、いや、日本でも死神に会ったことはないんだけどさ。


 そんな能天気なことを考えて気を反らそうとしたけれど、見れば見るほど怖い。


「き………」


「……き…?」



 思わず口から漏れた声に、男性が不思議そうに首を傾げる。やはり彼の顔はボサボサ髪に隠れて見えないまま、マントで隠れたお腹あたりが大きくびくりと動き、彼の背後からもガサガサという気配がする。


 こらえようとしたけど、もう、無理だった。


「っきゃーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 私は全力で叫ぶと、一目散に走って逃げた。こんなときに限って、公園内には人気がないし、死神のような様相の男の人とか怖すぎる。走って走って、全力で走って、私はジャンさんの宿屋に辿り着いた。




 突然駆け込んできた私に、シェリーが驚いて声をあげる。


「チヨ!?どうしたのそんなに慌てて……って、きゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」



 シェリーが私の背後を見て、先ほどの私と同じような絶叫をした。その声に驚いて振り向くと、なんと先ほどの死神が私の背後に着いてきていた。


 マジで怖すぎる、絶対夢にみるやつだこれ。


「…あ、あの……ちが…怪しい者では………あ、ダメだ、目まいが……」


 シェリーの悲鳴に驚いてかけつけたジャンさんとノエラさん、その他近くにいた宿泊客の男性にすぐさま囲まれた死神の男は、こちらが攻撃をする前に、突如その場に倒れこんだ。前にでも後ろにでもなく、うずくまるような形で。


 その途端に、彼の黒いマントのお腹と背中がモゾモゾと動いたと思うと、マントの中から大音量で声が響いた。



「んぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


「ふ…うう…ああーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」

 

 耳をつんざくような叫び声。でも、それは死神や悪魔といった類のものではなく、小さな子どもの泣き声だった。


 ついでに、死神の男がへたり込んだことで、その背後に隠れていたもうひとりの姿が見えた。幼稚園児くらいの男の子。突然の事態に呆然としてポカーンとした後、口を大きくへの字に結び、一瞬こらえたけれど、ダメだった。


「とーちゃ……?ふぅ、う、うああーーーーーーーーーーーーん!!ママーーーーーーーー!!!!」



 突然倒れこんだ死神と、マントの中から聞こえる二人分の子どもの泣き声、そして死神の背後で泣き出したもうひとりの男の子。宿の玄関は大混乱に陥った。


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