第七話 人は慣れるものだと知る
「お、これ読んだか?戦姫様が北端の砦に入られたそうだぞ!」
「本当か?それならようやく魔物も一掃できるかもな」
「ああ。あそこに大きな魔物の
「オレたち商人も北側の街道が通れなくて不便で困ってるんだよ。戦姫様に早くなんとかしてもらいてえなあ」
「センキサマってなんですか?」
「なんだ、チヨちゃん知らねえのか?いいか、戦姫様っていうのはなあ……」
あれからあっという間に一月が経った。
転移したばかりのときは初夏だったけれど、いよいよ夏本番で暑くなってきた。日本は十月だったから、私にとって今年の夏は二回目。冬より夏派の私にとってはラッキーだったと思う。二連続冬だったら泣いてたし、真冬の森に転移とか本当に死ねる。
この国(セレナド王国という名前だと最近知った)の夏は、日本の夏よりもカラッとしていて過ごしやすく、気温が上がった日も夕立と共に涼しい風が吹いてくる。私が子どもの頃の日本の夏はこんな感じだった気がする。ちょっと思い出が美化されているかもしれないけれど。
あと、どうやらこの国には蚊がいないっぽい。これは最高。転移して良かったと思えることのひとつでもある。
少しずつこの国や世界のことも学び、今の私はすっかり宿屋の居候として馴染んでいる。
言葉はかなり読み書きできるようになったものの、大人が読むような本や新聞記事はまだ難しすぎるので、宿の常連客のおじさんたちに分からないことはよく教えてもらっている。
暇そうな…もとい、朝からゆとりのある新聞好きなおじさまというのはどこの世界にも一定数いるようで、質問相手には最適なのだ。
そしてやはりこの世界の人には私は相当幼く見えるみたいで、質問すれば快く教えてもらえることが多くて助かっている。内心ではアラサーなのにすいませんって思ってるけどね。
それにしても私、異世界に来てコミュ力上がった気がする。日本にいたときには知らないおじさんに話しかけた記憶なんてないもんなあ。
最近は毎日のルーティーンも出来て、健康的な生活を送っている。
朝は早めに起きてシェリーと一緒に朝食を済ませると、宿のお客さんの朝食の配膳や片付け、チェックアウト業務や清掃の手伝いをする。
実は最初はジャンさんご夫妻に「宿屋の手伝いはしなくても良い」と言われたんだけど、私としては食費も宿泊費も無料で置いてもらっていて心苦しいし、宿の仕事が早く終わったら、空いた時間でシェリーからこの世界の言葉を教えてもらえるので、ぜひともやらせてほしいと必死のジェスチャーとイラストを交えた筆談で伝えた。
午後からは週に三回ほど、吟遊詩人でこの家のおじいさんであるバルドさんと一緒に、公園でストリートライブをする。夜は週に一度のお休みの日を除き、毎晩宿屋の食堂で歌をうたっている。食堂は宿泊客だけじゃなくて街の人も利用しているため、今では私の歌を目当てに来店してくれる人もチラホラ増えて、常連客とはすっかり顔馴染みになった。
それから、たまにバルドさんに連れられて、隣の街や村に出かけてライブを行うこともある。お金を稼ぐというよりも、娯楽が少ないこの世界で、音楽で人を楽しませるのが好きなんだって。
私もその考えは素敵だと思うし、何より世の中のことを知りたいという気持ちもあり、いつも連れていってもらっている。
ついでに、実は地球出身者がいないかといろいろな歌をうたい続けているのだけど、残念ながらまだ「あ、その曲知ってるよ!」という人には出会えていない。まあ異世界転移なんていう超常現象がそうそう頻繁に起きたら困るし、仕方ないのかなと割り切ることにした。
バルドさんは若い頃には旅好きが高じてこの世界にある様々な国を渡り歩いた経験があるそうで、宿屋を息子のジャンさん夫婦に譲った今では、時折各国で覚えた歌を披露しながら各地を回っているそうだ。宿屋に宿泊したお客さんを中心に、あちこちに友人知人がいるので、その人たちに会いにいく目的もあるんだって。
温かい季節が好きなバルドさんは、大体春~秋にかけてはこの街で過ごして、公園でライブをしたり、宿屋の食堂で歌を披露するけれど、雪が深くなる冬にはこの街を離れて温暖な地方を中心に歌いながら旅して回っているとのこと。
何それ、北欧を舞台にした有名アニメに登場する、私の大好きな自由を愛するキャラクターみたいでめちゃくちゃかっこいい!と、この話を聞いたときには大興奮だった。
宿の看板娘のシェリーとはすっかり仲良くなった。
シェリーは言葉だけではなく、この世界の文化や歴史についても、易しい言葉で私に教えてくれた。年齢的にはシェリーの方が九歳も年下だけど、看板娘として子どもの頃から一人前に働いている彼女はとてもしっかりしていて、私の方が妹扱いをされている。
最初の壁だった言語問題は、この一か月で驚くほど改善された。旅好きな姉が以前「言葉を覚えるには友達を作って実践がいちばん!」と言っていたけれど本当だった。
学校で六年以上も勉強したはずの英語は全然身に付かなかったのに、この世界の言語は覚えなかったら死活問題だし、シェリーとのお喋りやライブのお客さん、宿の仕事でのやり取りなどを通して日々日常に根付いた会話をしているためか、簡単な会話ならすでに問題なくできるようになっていた。
文字と同時に教えてもらえたのも良かったのだと思う。大人になってから覚えるには、字で見て文法や文字列も意識した方が理解しやすと何かで読んだことがある。言葉を通して意思疎通ができるというのは、やはり何をするにも便利だということを実感する毎日だ。
会話ができるようになり、ストリートライブや食堂ライブのチップでだいぶ収入も得られたので、宿代か、せめてライブの場所代だけでも払うと申し出たけれど、ジャンさんとノエラさんに固辞されてしまった。曰く、宿の手伝いも助かっているし、私がバルドさんと一緒に歌うようになってから、宿泊客以外でも食堂に足を運ぶお客さんが増えているので、十分利益が得られているという。
そう言われてしまうと私としても強くは言えず、未だにお言葉に甘えている状態である。ただ、やはりいつまでもこの優しいご家族に甘えているだけではダメだとも思うので、なんとか自活できる道を模索しなくてはならないと思っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます