めざめ(2)
群治郎の発した言葉に、柚子は声を返すことができなかった。
妖怪? 確かに、夜遅くに一人で出歩いていると、妖怪が後ろをついてくるという冗談めいた話は昔聞いたことがある。要は、子供に言うことを聞かせるためのお
事態が理解できず、群治郎と女性を交互に見つめる。女性が立ち上がって不機嫌そうに腰を当てた。
「何言ってるの?」
「見ちゃったんだよ。この子が九本の尻尾出してるところ」
群治郎がそう言うや否や、女性の顔色がサッと変わった。女性は群治郎の胸倉を掴み、先程までの冷静さはどこへやら大声で怒鳴り散らす。
「ほ、本当に見たの? この子が……この子が、白面金毛の娘だって?」
「ばっちり見たぜ」
群治郎は女性の凄まじい気迫に怯むことなく答えた。女性は手を離すと、溜息をつき、険しい顔で柚子を見つめた。それから、群治郎の腰のホルスターから拳銃を抜き取り、柚子に突きつける。柚子は息を呑んだ。
「お前の計画はここで終わりだ」
女性は声を絞り出して柚子を睨みつけた。柚子はまるで凍りついたかのように固まっていた。どうすればよいのか分からず、無理矢理拳銃から視線を逸らす。その時、ハッとして柚子は勢いよく顔を上げた。額が銃口を掠めそうになる。
「い、一匹逃げました!」
慌てて声を上げる柚子を見て、群治郎と女性は目を見合わせた。やがて、群治郎が再び柚子に視線を向ける。
「……」
群治郎は黙って女性から拳銃を取り上げた。
「ちょっと!」
「
「何言ってるの?」
群治郎が冷静に言った。女性が信じられないという声で言った。
「私たちを油断させるために演技してるのよ! 妖怪は同種や眷属にしか仲間意識がない。わざわざ教えてくれたのは他の妖怪なんてどうでもいいから!」
「それはそうかもな……でもとりあえず危ないから俺の武器は返して」
群治郎は考えながらそう言って拳銃を腰に戻すと、素早くスマートフォンを取り出し、誰かに「一匹逃げた。こっちはちょっと非常事態なんでよろしく頼むよ」と連絡を入れた。それから「まずは団長に報告しなくちゃな……」と呟き、やがて柚子の前に屈んで手を伸ばした。
「立てますか?」
柚子は逡巡したが、その手を握り返した。群治郎に支えてもらってようやく立ち上がる。
「もしかしてもう魅了されてるってこと?」
女性は途方に暮れた様子で愕然としていた。それから、キッと柚子を睨みつける。最初に声をかけてくれた時のような優しさは微塵も感じられなかった。
「……とりあえず、あきらは団長に連絡頼むよ」
群治郎が柚子の方を見たまま言う。
「……」
女性、あきらは苛立ちを一切隠さずに鼻で大きく息を吸いこむと、深く吐き出しながらスマートフォンを取り出して二人から少し距離を取った。舌打ちする音が聞こえてきた気がする。
「どうしてあんな弱い妖怪に襲われてたんですか?」
「え?」
急な質問に柚子は面食らった。知らない。突然見知らぬ老人たちに絡まれて意味不明なことを言われたかと思えば、いつの間にこんなことになっていたのだ。何も分からない。柚子が黙っているのを見て、群治郎は眉をひそめて首を傾げた。
「俺の言っていることの意味が分かりますか?」
柚子は首を小刻みに横に振った。群治郎は困ったような顔でじっと柚子を見つめた。
「どの辺が分からない?」
「ぜ、全部……」
「全部?」
群治郎は繰り返した。それから、怪訝な顔で柚子を観察する。
「……前世の記憶がないのか? それともそういう演技をしてる?」
化け物に襲われるというただでさえ恐ろしい経験をしたというのに、理由も分からず大人から嫌悪感を剥き出しにされ、厳しい声で質問攻めにされて、柚子はすっかり怯えていた。何も言わずに目に涙を溜めて唇を震わせている柚子を見て、群治郎が僅かに目を見開く。次に口を開いた群治郎の声は、とても優しかった。
「ごめんなさい、怖かったですね。もう大丈夫。仲間が逃げたもう一匹を探してます。おじさんたち怪しいものじゃないよ。陰陽師っていうの。ほら」
しれっと出てきた馴染みのない言葉に驚いていると、群治郎は懐から名刺を取り出して一枚柚子に手渡した。そこには確かに「陰陽師」と記されている。名前は高畠群治郎。
「……」
柚子は未だに信じられない思いで群治郎の声を見上げた。表情に出ていたのか、群治郎が苦笑する。
「いや、怪しいか」
群治郎は自虐するように呟いた。
「簡単に言うと、妖怪と戦って人々を守る職業だよ」
「……妖怪」
柚子は呟いた。群治郎が「そう」と頷く。
「まあ、よく分かんないよね。妖怪が出てくることなんてほとんどないから、知名度は低い」
群治郎は低い声でそう言うと、柚子に笑いかけた。
「本当はすぐに家に帰してあげたいところなんだけど、ちょっとそうは言ってられない状況でね……何もしないでそのまま待っててくれますか? あいつを待ってる間、なんか質問があったら答えるよ」
群治郎の言葉に、柚子は少し迷ってから口を開いた。
虎城あきらはスマートフォンのコール音を聞きながら「早く出ろよ……」と呟いていた。普段は抑えているが、怒ると口が悪くなってしまう。若い頃からの癖だ。
「はい、もしもーし」
十コールほど鳴ってからようやく相手が出た。やる気のない間延びした声に溜息が出そうになるのをどうにか堪え、必要最低限の言葉だけを発する。
「もしもし。虎城です」
「うん、知ってる。君の名前が画面に出てたからね。で? どうしたの?」
相手の緩い態度には腹が立つが、ここは耐えてきちんと連絡事項を伝えなければならない。なぜなら、電話の相手は自分の所属する陰陽団のトップである団長の山川太郎だからだ。
「白面金毛の娘を……見つけました」
太郎の返事はない。あきらは続けた。
「理由は不明ですが、鎌鼬に襲われているところを発見しました。状況整理もまだできていないのですが……パッと見、本人には妖怪である自覚がなさそうに見えます。前世の記憶もないようです。演技でなければの話ですが」
あきらは群治郎と少女の会話を眺めながら言葉を並べ、最後に嫌味っぽく付け加えた。太郎は何も返さなかったが、微かに笑い声のようなものが聞こえてきた。あきらは憎しみのこもった声で続けた。
「殺すべきでしょうか?」
あきらの言葉に、太郎はなおも黙り続けていたが、やがて軽い口調で答えた。まるで、今日の夕飯についてでも語るかのように。
「いや? 陰陽師にしよう」
太郎の返事を聞いた瞬間、あきらの目が大きく見開かれ、そして歪んだ。冷静ではいられず、群治郎たちに聞かれないようにと声は落としたままではあったが、強い口調で返す。
「陰陽師に? 奴のおかげでどれほど苦しめられたか分かってるんですか? 何が起きるか分かりません。無害なふりをして私たちを騙しているんですよ!」
あきらは激しく説得したが、太郎は何も言わなかった。代わりに返ってきたのは、こちらの神経を逆撫でするようなクツクツという喉を鳴らした笑い声。
「あきらくん、安倍清明って知ってる?」
「もちろんです」
あきらはむきになりながら乱暴に答えた。
「安倍清明は半分狐だ。彼の母親は白狐だからね。そして彼女の母親も狐だ。それもなんと、未だにいろいろ言われて恐れられてる白面金毛九尾の狐だ。強くなりそうだよねえ、仲間に引き入れない選択肢はないよ」
安倍清明とは、恐らく日本で最も有名な陰陽師だろう。彼の母親は葛の葉と呼ばれる白狐であったと言われている。あきらは呆然として太郎の声を聞いていた。
「でもまあ、そうだね。確かに危険だ。だからあきらくんと群治郎くんにはできるだけ彼女の近くにいてもらおうかな」
拷問のつもりだろうか、とあきらは思った。
「……それにしても、白面金毛の娘は無事に九回目の転生を遂げたってわけか」
太郎は、先程までとは打って変わって低く唸った。
「正直、僕が団長やってる間にまた会えるとは思ってなかったから驚いたよ。前に会ったのは……十九年前か」
「……そうです」
あきらは深い溜息と共に返した。
「……うん。僕だって、あの悔しさを忘れたわけじゃない。とりあえず会ってみたいな。そこにいるんだろう? 今から連れてきてもらっていいかな」
口調こそ柔らかいものの、太郎は命令のつもりでそう言っているのだということはよく分かっていた。あきらは観念したように返した。
「はい」
「ありがとう。それじゃ、待ってるよー」
太郎はそう言って電話を切った。通話の切れたスマートフォンを眺めながら、あきらはもう一度溜息をついた。
「妖怪って何なんですか? さっきのあれも妖怪だったんですか?」
柚子が言うと、群治郎は頷いた。
「うん、さっきのも鎌鼬っていう妖怪。何って言うと難しいけど……まあ、モンスターみたいなものだよ。感情のあるやつも多いし、種類によって姿は結構違ってて、ほとんど人間みたいなのもたまにいるけど」
群治郎は薄く笑って続けた。
「まあ、俺もちゃんとしたことは分かってないけどね。妖怪っていうのは、長い時間をかけて人間の恐れや憎しみみたいな負の感情が実体化したり、生き物に取り憑いたりして生まれたものだって言われてる」
「……」
柚子は言葉を失っていた。にわかには信じられない。けれど、自分の経験したことを考えると、信じないわけにもいかなかった。柚子はしばらく考えてから再び口を開いた。
「妖怪って……その……」
柚子が質問を口にする前にあきらが戻ってきた。相変わらずイライラしている様子だったが、先程よりは少し落ち着いているようだ。
「お、おかえり。ありがとな。そんで、団長はなんて?」
「彼女を陰陽師にしたいから今すぐ連れてこい、とのこと」
あきらは事務的に答えた。
「え……えっ」
群治郎が目を丸くする。
「そうよね……よかった、私がおかしいわけじゃないわよね」
あきらが頭に手を当てて疲れたように言った。それから、険しい表情で柚子と群治郎を一瞥する。それから、唸るような声を上げた。
「……子供の姿してるからって騙されてるんじゃないわよ」
「……」
群治郎は無言だ。あきらは大きく息を吐くと腕を組んだ。
「……本当に前世の記憶がないって言い切れるの?」
「……俺には彼女はすごく怯えてるように見えるけど」
群治郎は真面目な声で呟いた。あきらは一瞬苦しそうな顔をしてから、もう一度柚子の方を見た。
「……私は虎城あきら。あなたは?」
「……藤原柚子です」
「そう。……そう。それじゃ……悪いけど、今から一緒に来てください。こんなこと普通はありえないんだけど、緊急事態なの。殺されないうちにあなたを基地まで連れていかないと」
柚子はあきらの言い方に苛立ったものの、何かを言い返す気にはなれなかった。
バイクを押すあきらと群治郎に連れられて、柚子はしばらく歩いた。四方通りと新陽駅を通り過ぎて人通りの少ない道までやってくると、裏通りに入って更に歩く。十五分ほど歩いたところで二人は立ち止まったので、柚子は二人の顔を交互に見た。ただの住宅街の一角だ。
「あの……?」
「ここだよ」
群治郎が言う。もう一度二人が立っているところを見ると、なぜか景色はまったく変わっていた。目の前に高級和食店のような雰囲気のこじんまりとした屋敷が現れていたのだ。
「え……どういうこと……?」
柚子が唖然としていると、群治郎がまるで自分のことのように得意げに口を開く。
「『見ようとする者にしか見えない』という呪術がかけられてるんだ」
「すごい……こんなところあったんだ……」
「ここが陰陽団基地東京支部、だよ。ようこそ」
柚子が呟くと、群治郎がニコッと笑って教えてくれた。広めのアプローチに足を踏み入れ、石畳の道を通って玄関まで向かう。あきらは敷地内にバイクを停めていた。玄関で靴を脱いで、二人の後について基地の奥へと歩く。
基地の中は旅館のような風情があった。どうやら複数の建物が繋がっているような構造になっているようだ。もしそんなことが可能なら、屋内も呪術的処理が施されていて拡張されているのかもしれない。縁側のような場所を通る時にはちょっとした庭園が見えて、柚子は思わず口を開けたまま外を眺めていた。ちょっとした豪邸である。
いくつもの部屋の前を通り過ぎて、ようやく奥の部屋まで辿りついた。柚子は少し緊張しながら二人の後ろに立っていた。あきらが「失礼します」と大きな声を上げる。
「虎城あきらです」
「高畠群治郎です」
順番に名乗り終えると、あきらが続けた。
「白面金毛の娘と思しき少女を連れて参りました」
「はい、はい」
襖の向こうから軽い声が聞こえる。それから、勢いよく襖が開いた。
「どうも、こんにちは。いやー、ご足労おかけして申し訳ない。陰陽団団長の山川太郎です」
柚子は声の主を見上げた。あきらと群治郎がサッと動いて、柚子の姿が見えるように避けた。
柚子のことを舐めるように見つめているこの太郎という男性は、かなり背が高く、ひょろりとしていた。浴衣を着ており、銀色のさらさらの髪が顔の周りで揺れている。中性的な顔つきや出で立ちはどこか儚げに見えたが、ふてぶてしい笑みがその印象を見事に打ち消していた。あきらや群治郎より若そうなその姿を見て、柚子は驚いた。団長はもっと年上だろうと思っていたのだ。
「お名前は?」
太郎が尋ねる。
「あえっと、藤原柚子です」
ぼうっとしていた柚子は慌てて名乗った。
「柚子くんね。それじゃ、柚子くんだけ中に入って」
「は……はい」
太郎に言われ、柚子は小さく頷いた。あきらと群治郎の間を通って部屋の中に入る。
「それじゃ、後でね」
太郎は二人にそう言ってにやりと笑うと、襖を閉めた。
太郎の部屋は広い和室だった。必要最低限のものしか置かれていない、随分と殺風景な部屋だ。
「適当に座って」
そう言われた柚子はその場に正座した。太郎は柚子の近くまでやってきて胡坐をかいた。
「さて」
太郎が柚子を凝視する。すべてを見透かすような瞳だと柚子は思った。少し居心地が悪かったが、柚子は勇気を振り絞って太郎を見つめ返した。
「……嘘はついていなさそうだ。少なくとも僕の分かる限りでは。ということは、本当に記憶がないのか」
「あの……記憶って」
柚子は口を開いた。ずっと不可解に思っていた。物心がついてからの記憶はある。一体何の話をしているのか、先程からさっぱり分からなかった。
「ああ……ごめんねえ。何から話そう。まず、君が何者なのかって話だけど」
「私、妖怪なんかじゃありません」
柚子は強い口調で言った。緊急事態だなんだと言われて黙っていたが、本当は早くそう言いたくてたまらなかった。私は人間。お父さんのことは覚えてないけど、お母さんがいる。本当の母親ではないかもしれないだなんて、そんなことは考えたくなかった。頼りになる人は全員死んでしまっていると母親から聞いている。柚子にとって、家族は母親だけなのだ。
「んん……」
太郎は何と言うべきか迷っているようだった。
「……最近、何かおかしなことはなかったかい? まるで自分は人間じゃないんじゃないかって思っちゃうような」
柚子は思わず目を見開いた。
そうだ、今日はおかしなことがたくさんあった。「妖怪だ」などと言われた瞬間、それなら納得が行くかもしれないと心のどこかで思ってしまった。だからここまでついてきてしまったのだ。
「……走るのが速くなったり、全然疲れなくなったり……怪我が早く治ったりはしました」
柚子が言うと、太郎は特に驚いた素振りも見せず、小さく頷いた。
「妖怪は基本的に人間より身体能力が高いしね。それに、君はかなり強い妖怪なんだ。並大抵の妖怪より力は強いと思うよ」
「……」
「他に、もっとおかしなことはなかったかな? 鎌鼬に襲われたこと以外で」
太郎は更に聞いてきた。柚子はしばらく迷っていた。鎌鼬に襲われた時、一瞬記憶を失くしたことは言いたくなかった。
数秒の間考えてから、口を開いた。本当はもう思い出したくもない。関係ないと信じたい。だが、今日はこの悪夢からすべてが始まったのだ。
「今朝、森の中で自殺する夢を見ました。でも、それくらいです」
柚子は早口で言い切った。太郎の目が大きく見開かれ、口元は満足げに歪んだ。まるで、一番求めていた情報はそれだとでも言うように。
「……やっぱり、君はそうだ。君は白面金毛九尾の狐の娘。妖怪だよ」
「なんでですか?」
柚子は思わず叫んでいた。意味が分からない。確かに、奇妙なことはたくさんあった。だが、自分が銃で殺されそうになるほど危険な妖怪だなんて、そんなことは簡単に受け入れられない。
「なんで……? どうして……私が人間じゃないって言うんですか? どういうこと? 意味分かんない! 母もいます! 人間のお母さんが!」
「それとこれは両立するんだよ」
涙をこらえながら大声で喚く柚子に対して、太郎は至って冷静だった。
「君が自分で言っていた。白面金毛の娘だと」
「そんなこと、言ったことないです」
「前世で言ったんだよ」
太郎の言葉に、柚子はピシリと固まった。そういえば、鼬の妖怪にも前世の記憶がどうと言われたような気がする。
「君は白面金毛九尾の狐の娘で、母親を蘇らせる役目を与えられていると言っていた。白面金毛が殺生石に姿を変える前に最後の力を振り絞って生んだ娘だから実体がなく、魂だけの存在だった。だから人間の体を器にしている、と。人間の体を使って人間を殺して力を蓄えていると。あの時君は、これで八回目だと言っていた」
太郎の言っていることの意味が分からず、柚子は絶句していた。
「あともう少しできっとすべてが終わる。使命を果たす時が来ると言っていた」
「……それ、本当なんですか?」
柚子の振り絞るような声に、太郎は肩をすくめるような動きをした。
「さあねえ。君に言われた通り言ってるだけだよ」
「……」
柚子は再び黙りこくった。もう、何が何だか分からない。
「……君の母親である白面金毛九尾の狐は今は殺生石という石に姿を変えていて、その石ももう砕かれてるんだけど、かつてはこの世で最も恐れられた妖怪だった。こんなこと言うのは癪だけどね」
太郎は本当に嫌そうな顔をしている。
「奴は凄まじい知能と妖力を持っているだけではなく……明確かつ悪意のある目的を持っていた。この世を妖の世にしようとしていたんだ。そして、それを実現させられるだけの力を持っていた」
柚子は、黙って太郎の言葉を聞いていた。
「実際、大昔に中国やインドで国の権力者を魅了し、取り入って、国を滅ぼすことに成功したこともある。平安時代には日本も支配しようとしたんだ。どうにかなって石に姿を変えて、もう二度と戻らないと言われてたけど、十九年前に前世の君が現れたことでその脅威は蘇った。蘇ったというか、今現在最も恐れられている妖怪は、君なんだ」
太郎に真っ直ぐに見つめられ、柚子は息を呑んだ。
「……んだけど君は何らかの理由ですべて忘れてしまってるみたいだし、今まで力も抑えられていたようだ。それで
太郎が柚子の顔をチラッと見る。
「……柚子くん」
太郎は先程よりも真面目な声音になった。
「君はこれからたくさんの妖怪に狙われるだろう。陰陽団に入ってくれれば身近なところで君を守れるし、もっと詳しい情報を与えることもできるよ。それに、君は強くなりそうだから、僕個人としても陰陽師になってほしいと思うんだけど」
柚子は何も言えずにいた。頭がこんがらがっている。
「……まあ、よく分かんないだろうし、すぐには決められないよねえ」
太郎はそう言うと小さく笑った。彼は何もかも当然のことだとと言うように軽い雰囲気で説明をしているが、すべて事実なのだとは到底思えない。だが、もし真実ならば、今日起きたおかしなことが何もかも繋がるような気もした。
「近いうちに答えを聞かせてよ。待ってるからさ」
太郎はそう言うと、立ち上がって部屋の襖を開けた。
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