夜明け

 窓の外が煌々と赤く燃えている。機体は小刻みに揺れ、部品の軋む音がひっきりなしに聞こえている。大気圏に再突入したシャトルは、徐々に速度と高度を下げていく。


 時刻は午前7時過ぎ、着陸装置を下ろしたシャトルは風を切りながら、ふわりと滑走路に着陸した。パラシュートが開き、機体が停止する。ハッチが開き、脱出シューターが地面に向かって膨らんでいく。


 開くハッチから太陽の光が差し込み、同時に爽やかな朝の澄んだ空気と草木の青臭い匂いが機内に流れ込んでくる。コースケは深呼吸をした。匂いがするという当たり前のことが、今日は特別なものに思えた。


 ハッチが完全に開くと眼下に広がっていたのは、見物に駆けつけた大勢の人々の姿だった。あちこちで押し合いへし合いをしながらこちらを見ている。拍手をする人、歓声をあげる人、スマホを掲げて写真や動画を撮影する人、手を振る人、報道カメラを構える人、マイクを片手にリポートをする人。それらが全部混ぜ合わさって、拍手喝采のシャワーを作り出していた。


「こんなにたくさんの人が……」

 コースケは言った。


 眼下には、島本がこちらを見上げて立っていた。


 3人は順番に脱出シューターを滑り降り、島本に手を借りて立ち上がった。全身にかかる重力を感じながら地面を踏みしめる。アスファルトのザラついた感触が懐かしかった。


「全てうまくいった。ありがとう」

 喜びを噛みしめるような温かい声で、島本は3人に言った。コースケは自然と笑みがこぼれた。エリとレンも笑った。


 島本はその場にしゃがむと、HALの頭を撫でた。

「HAL、キミもありがとう」


「---・・---・・」

 HALは照れるような仕草をして、その場でペチペチと足を鳴らす。


 ほどなくして、黒のセダンが率いる警察車両の列が人混みをかき分けてきた。何人もの捜査員たちは車を降りると、こちらへと向かってくる。その中にコースケの見覚えある人物がいた。秋葉原で追いかけてきた2人の刑事だった。

 

 南原は、コースケの前で立ち止まると、少し申し訳なさそうに会釈をした。


「あとはよろしくお願いします」

 コースケも頭を下げる。


「わかった」

 南原は落ち着いた口調で言った。森田もしっかりと頷く。


「さあ捜査だ!」

 南原は威勢良く声を張り上げると、他の捜査員たちを引き連れ、黒いセダンで走り去っていた。


「いいのかよ。文句の1つも言わないで」

 レンは不満そうにコースケに訊く。


「いい」

 コースケは満足げな表情で、短く答えた。


「それなら」

 エリはコースケの顔を見ると、快く頰を緩めた。


 刑事たちが退いたことで、大勢の記者とカメラの視線はコースケたち3人に向けられた。凄まじい勢いでシャッターが焚かれる。警察車両が退いた向こうには、じっちゃんの姿があった。その隣にはニールが立っている。腕を組んだケイトは2人の少し後ろで、コースケたちを遠目で見守る。じっちゃんはコースケの姿を目にすると、すぐさま駆け寄った。


「よく帰ってきた、よく帰ってきた」

 じっちゃんは順番に3人の手を握る。感無量という様子だった。


「シャトルは完璧でした」

 コースケはにこやかに言う。


 すると、宇宙服のポケットに入れていた携帯端末が鳴った。電話の相手は檜山だった。

「ハッカーに表舞台は似合わへんわ。せやけど、うちらの分まで陽の目を浴びてや! 仕事が山積みやからもう切るで!」

 コースケが礼を言おうとする前に、通話は切れた。


「積もる話は後にして、せっかくだから一枚撮ろうじゃないか!」

 じっちゃんは、どこからかフィルムカメラと三脚を持ってくると、手際よく人びとをかき分けて撮影のためのスペースを作った。


「誰かシャッターを!」

 島本が後ろを振り返り、報道陣に対して呼びかけた。


 青い空とシャトルの機体を背景にして、ミッションに関わった人びとが一同に会す。じっちゃんをはじめとする秋葉原陣営の人々。ISAの管制官やエンジニアたち。島本とケイト、ニール、それにHAL。中心にコースケ、エリ、レンの3人が並んだ。


「はい撮りまーす!」

 カメラマンが伸びのある声で言うと、シャッター音がパシャリと鳴り響いた。

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