ランデブー

『ステーションを目視したら教えてくれ』

 島本が無線を通して言う。


 すると、シャトル前方の地球の淵から、小さな光る点が昇ってきた。その光は解像度を増していき、宇宙空間に浮かび上がる『Gooplex』のロゴマークが現れた。どんどんとその文字の見かけは、大きくなっていく。


「目視できました」

 コースケが報告する。


「どう考えても、わかりやすすぎるだろ」

 レンは笑った。


「センスない」

 そう言ったエリは、ラップトップPCを叩いて、ステーションとシャトルの距離を確認した。


 その直後だった。コックピット内のマスターアラームが点灯し、唸るような警告音が鳴る。コースケはすぐさまコンソールを見た。画面には赤い警告が表示されている。


「接近警報!」

 コースケは叫んだ。


「Goopleのドローンが来る!」

 エリが続けて言う。


「何機?」

 レンはエリに訊いた。


「10機以上、それに衝突軌道!」


「ハル!」

 コースケの指示を受けたHALはシャトルを操作し、回避マニューバを取った。姿勢制御用スラスターが噴射され、機体がロールし始める。


  コックピットのすべてのモニターは、砲撃を受けているかのようにグリッチやノイズで歪んでいた。ドローンが接近するにつれて、それは一層激しくなった。


「シャトルのファイアウォールが破られる。振り切らないと!」

 エリは言った。


 コースケはレーダーの表示を注意深く見る。シャトルは、すれ違うようにして1機のドローンをかわした。依然としてコンソール正面のモニターには、数々の機影が映っていた。前方からドローンが迫ってくる。


 HALは器用にシャトルを操り、何機ものドローンを掠めるようにするりと避けていく。かわされたドローンは、ターンするように軌道を変え、シャトルを追いかける。機体の振動は激しくなり、3人の体が大きく揺さぶられる。


「流石にこれはキツいんじゃないか!」

 レンが声を荒げた。散開したドローンが、シャトルを取り囲むように、四方から距離を詰める。同時に、コックピットに並ぶモニターがノイズに侵食されていく。


『ドローンは飛んでない!』

 そう言ったのは管制室のケイトだった。


 コースケは窓の外を見た。言葉の通り、ドローンの機影は一機も見えない。手元のコンソールに目を落とすと、ノイズとグリッチで歪んだモニター画面には、確かにドローンの座標がプロットされている。ハッキングを受けて、レーダーの表示が書き換えられていた。


『秋葉原チーム出番だ』


 島本の指示に対し、ニールが答える。

『了解』


 シャトルに対する攻撃はまったく緩められていなかった。外堀から城を攻めていくかのように、優先度の低いシステムから順にファイアウォールが破られていく。コックピット内の照明が不規則に点滅し始めたかと思うと、コンソール中央のモニターには黄色の警告文が次々と表示された。機体の制御が徐々に奪われている。電子制御の操縦系統はハッキングに対して脆弱で、ここままだと基幹システムがダウンするのも時間の問題だ。生命維持装置が停止すれば、命の危険すらある。しかし、不安定になっていくシャトルを前に、コースケはどうすることも出来なかった。固唾を飲んでモニターを見つめる。


 数十秒後、レーダーから全てのドローンの信号とノイズが消えた。マスターアラームは消灯し、コックピットには落ち着きが戻る。ニールと檜山たちの尽力のおかげだった。


「はぁ……」

 レンは胸をなで下ろす。


「宇宙法的にまずかった?」

 笑みを浮かべるエリ。


『これは正当防衛やろ』

 無線の向こうで檜山が笑った。


 エリはホログラム広告を投影する衛星にアクセスすると、宇宙空間に眩しく浮かび上がるGooplexの巨大なロゴを消した。シャトルは、宇宙ステーションの側面に張り付くようにして接近していった。


「念の為チェックリストをもう一度やっておこう」

 コースケはHALに指示した。

 

『予定通りだな。ドッキング後、内部に侵入してメインフレームへ……』

 島本の言葉は途中でかき消され、交信のためのチャンネルが乾いた音の砂嵐に変わった。




 管制室にざわめきが走った。表示されている数々のデータが、瞬く間に赤色の表示に変わっていく。正面のスクリーンやコンソールの画面には『LOST』『XXXXX』『信号なし』『No-DATA』などの文字がずらりと並んだ。


「はやぶさ2からの信号が途絶えました!ロストです!」

 通信担当の管制官が言った。


「交信は?」

 ケイトが訊く。

 

「音声もデータもすべてダウンしています!」


「問題はシャトルか、通信衛星か? 確認急げ!」

 島本がすぐさま大声で指示する。管制室にいる誰もが慌ただしく動き始めた。


「TDRSと通信不能です!」


「該当マニュアルと資料を!」


「ロストする直前のデータ出して!」


「小笠原と臼田に連絡、全周波数でスイープを」

 ケイトが言った。


「わかりました」

 肯いた管制官はすぐさま目の前の受話器をとった。




 レンは、コックピットの計器を確認して言った。

「回線が全てオフライン。データも音声も全部!」


 その声にすぐさま反応し、コースケは手元のコンソールに目をやった。地上との電波強度は規定値以下を示していた。反射的に生命維持装置の状態も確認する。酸素供給に異常はなかった。

「生命維持は問題なし」


「とはいえ、相当まずい状況」

 エリが言った。


「急いで全システムをチェックしよう」

 コースケは頭上に広がる地球を窓越しに見上げた。大陸の海岸線に沿って、光が煌めいている。都市と都市を結ぶ光は放射状に張り巡らされ、地表をすっぽり覆う網目のように見える。地球はすぐそこに見えるのに、交信すらできない。宇宙空間を猛スピードで飛行するシャトルの機内。高度約400km、時速約27,700kmの別世界。ここに来てはじめて、宇宙空間と地上の距離を強く実感させられた。

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