宇宙食

 組み立て施設ではシャトルの整備が続けられていた。駐機したシャトルの周りには、移動式の足場がところ狭しと横付けされ、整備員たちが耐熱パネルを点検している。コースケたちはじっちゃんとともに主にコックピットで作業を進める。電気系統やHALの自動操縦機能など、チェックしなければいけない項目は多岐にわたった。


 食事は空いた時間に各自で取ることになっていた。組み立て施設の片隅には、食料庫から運び出してきた段ボールが並べられている。セキュリティの関係上、外部から食料を調達してくることを禁止しているため、生鮮食品はなく、透明なプラスチック容器に入った宇宙食やブロック状の栄養調整食品が主食だった。長い期間備蓄されたままだったため、賞味期限は切れている。


 休憩時間に入ったコースケたち3人は、段ボールの中から好きなメニューを選びトレーに並べた。コースケは炊き込みご飯と唐揚げを食べることにした。炊き込みご飯は、ゼリー飲料のように容器上部に水の注入口があり、長机の上に置かれた箱型のディスペンサーでお湯を入れる。唐揚げは、その隣にある電熱線の入ったアタッシュケース型のオーブンに挟んで温める。どちらも5分ほどで調理が完了した。


「それは?」

 食卓についたところで、コースケは隣に座るエリに訊いた。


「これは鯖の味噌煮、ほとんどスーパーの缶詰めと味は同じ。変わらず美味しい」


 どれもフリーズドライや缶詰めの加工食品であったが、格納庫でロケット開発をしていた頃に比べれば、栄養バランスに気をつけられたものばかりだ。見た目は無機質だが、味は申し分ない。3人はその非日常的な食事を楽しんでいた。


「またラーメン食べてる」

 エリが向かいに座るレンに対して言う。


「だって、好きなんだもん」

 そう言いながら、レンはプラスチック容器の上部をハサミで切り取る。熱々の湯気が沸き立ち、フォークで勢いよく麺をすすった。


 コースケはその宇宙食のラベルを見る。博多豚骨ラーメンと書かれていた。


 レンは手元のトレーにのった麺類を紹介した。

「これが喜多方ラーメン、でこっちがラーメン三郎監修のやつ、あと北海道味噌ラーメンもあるよ」

 

 知らないうちに宇宙はラーメン激戦区になっていたようだ。そのことにコースケは興味を惹かれた。人類はカップヌードルやチキンラーメン、それにうどんやそばだけでは飽き足らず、さらに細分化された各地のラーメンまで宇宙へ送っていたらしい。激辛坦々麺や極太つけ麺、湯葉や放蕩など、ありとあらゆる日本の麺類が宇宙へ進出する日も近いのかもしれない。


「見つけたんだけど」

 食卓を囲みながら、コースケは携帯端末でSNSのトップページを2人に見せた。ハッシュタグ『#Not_Goople!!!』が全世界でトレンド1位になっていた。Gooplexの巨大広告と自撮りをした写真、「Hello」の代わりに「Goople!」と挨拶してみた動画など、タイムライン上にはGooplexに関連したユーモア溢れる投稿が並んでいる。そして、それらの投稿の中でその多くを占めていたのは、ある美少女キャラクターだった。


「これ知ってるぜ、ぐーぷるちゃんだろ? Goopleを擬人化したやつ。リンク先を押してみろよ」

 レンはそのキャラクターを指差して説明した。コースケは言われた通りにして、投稿にあったリンクにアクセスした。すると、画面にはGooplex製PCを手に持った美少女キャラクターが表示された。ブラウザ標準のゴシック体をベースに、HTMLのみで作られたようなシンプルでまとまりのないサイトだった。そのUIからは、ネット上の誰かがお遊び目的で作成したWebページだと伺える。Webページの名称は『Goople-Chan』となっている。


「なにこれ」

 エリは不思議そうに画面を覗き込んだ。


「貸して」

 レンは大きく息を吸うと、携帯端末に向かって「グープル!」と叫んだ。少し小馬鹿にするような口調だった。


 すると画面の中にいる美少女キャラクターは、先程までの穏やかな表情を怒り狂った顔へと豹変させ、手に持っていたGooplex製PCを床に叩きつけた。『I am Gooplex , Not Goople!!!』と叫ぶアドマイナーの声が同時に再生される。


「なあ面白いだろ?」

 レンは笑いながら言った。


「……」「……」

 反応に困ったコースケとエリは、思わず顔を見合わせた。

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