シミュレーション
HALにロケットの管理を任せるというアイデアは革新的だった。マニュアル通りの点検項目を順番に判定していくだけではなく、HALはロケットのエラー箇所に対して、過去の蓄積データから問題の解決に役立つ情報を提供してくれた。それに加えて、コンピューターの中で打ち上げを事前にシミュレートできるようになり、何度も安全に失敗を重ねることができた。ロケット開発のスピードは大きく加速し、打ち上げ前の最終シミュレーションにこぎ着けた。
「燃料の装填終わり!」
レンは汗を拭いながら、伸びやかな声で言った。ちょうどロケットの外装パネルを固定し終えたところだった。
洗濯機とラップトップ1台だった実験装置は様変わりし、格納庫内に打ち上げ指揮所が設営された。長机の上には3台のラップトップとHALが並び、幾つものケーブルが台車に搭載されたロケットへと伸びている。
「よろしく」
エリはそう言って、HALを優しく撫でた。
PCの画面には、高度0mを示すグリッド上に発射台とロケットがワイヤフレームで描画されている。起動しているソフトウェアは、HALの機能を拡張させたロケットの打ち上げシミュレータだ。3Dビューの左右にあるツールバーには、打ち上げ時の気象条件やロケットの状態を示すパラメータがずらりと表示されている。
モーターに点火こそしないものの、燃料を含めた機体の総重量や内部のコンピュータの状態は、本番と限りなく近い状況になっている。3人は手分けして、シミュレーションの準備を進めていった。
コースケは長机の中央に立ち、正面に鎮座するロケットをじっと睨む。今度こそうまくいく自信があった。そして、「準備はいい?」と隣に並ぶ2人に合図をする。エリとレンは頷いた。
「リフトオフ」
コースケはPCのエンターキーを押し込む。タイマーがカウントアップをはじめた。
画面内のロケットが点火し、3D空間の空へと上昇していく。コースケはジャイロセンサーの値とロケットの機体姿勢に注目した。ジャイロセンサーの値は小刻みに振動しているが、グリーンの表示に留まっている。
『30、33、37、40』
高度を示す値が上昇していく。
『61、65、70』
コースケは画面に映る数字を祈るように見つめた。
『95、97、98、99、100、101』
「よしっ!」
コースケは大きくガッツポーズをした。シミュレーションは成功だった。
「完成だ!」
レンが大声で言った。額には汗が光っていた。
エリは腕を脱力させて、パイプ椅子にもたれ掛かった。いつにも増してくしゃくしゃになった髪が大きく揺れる。
「終わったあ……」
大学の片隅にある寂れた格納庫で、人工知能が制御する自律飛行ロケットが完成した。3人は疲労困憊そのものだったが、全ての作業が終わり清々しい気分でもあった。あとは発射場で打ち上げるだけ、コースケはその瞬間が待ち遠しかった。
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