筑波山
「飯食いに行こーぜ、飯」
レンが言った。作業に没頭するあまり昼食をとっていなかったことをコースケは思い出した。
「ずっとカップ麺ばっかりだったし」
エリは格納庫に置かれたゴミ箱に目を移した。大きな青い業務用のゴミ箱の上からは、空になったカップ麺の容器や割り箸が溢れそうになっている。これまでの不摂生な生活ぶりが手に取るようにわかった。
「何食べようか?」
コースケが聞く。
「せっかくだし、焼肉は?」
エリが提案した。
「いいね。でも、焼肉屋入ったらお値段張るよな」
そう言ってレンは頭を掻いた。
「確かに」
エリが頷く。
「バーベキューはどう?スーパーで買えば安いし」
コースケが言った。2人も賛成だった。
HALに留守番を頼んだ3人は、スーパーで買い出しを済ませ目的地へと向かった。
トラックを近くの駐車場に止めた後、3人はバーベキューグリルをはじめとするアウトドア用の荷物と食材を運んだ。時刻は夜9時をまわり、辺りは真っ暗になっていた。
「いい眺めだな」
レンは言った。
そこは筑波山の中腹にあるつつじヶ丘の展望台だった。眼下には関東平野の夜景が広がり、都心のビル群の光が地平線を描くように輝いていた。
「もっと凄いよ」
コースケはそう言うと、空を指差した。
その合図で2人も夜空を見上げる。すると、曇り空は涼しげな風とともに流れ去り、空を覆う満点の星空が現れた。
「綺麗……」
エリが呟いた。
無数のきらめく光が、地平線を境に鏡写しになっている。息を呑むような美しい光景だった。
「いや肉ってうめーな」
レンは食べ物を口いっぱいに頬張っている。
網の上では、牛肉が音を立てて焼けていた。炭火の煙ともに、香ばしい焼肉の匂いがグリルの周りを漂う。用意したアウトドアテーブルやクーラーボックスの上には、様々なジュースや食材がずらりと並ぶ。
「肉足しまーす」
トングを持ったコースケが言う。
「それ超高いやつだからちゃんと見張れよ」
レンは肉を飲み込んで言った。テーブルの上には『半額』のシールが貼られた国産和牛サーロインステーキのパックが3つ並んでいる。
「了解」
コースケは3枚の分厚い肉を網に載せた。ジューっという香ばしい音が鳴る。
すると、肉の脂が炭へと滴り落ちた。一瞬でフランベのような背の高い火柱が立つ。
「あっ!」
エリが声をあげた。
強力な火に包まれた高級肉は、一瞬で真っ黒になった。焦げ臭い匂いが辺りに漂う。
「ロケット作っててバーベキューに失敗するとか、お前〜!」
レンがコースケの髪をわしゃわしゃと掴んだ。
それを見ていたエリも大笑いだった。
「着火剤に固体燃料使っただろ!」
レンはふざけまじりに問い詰めた。
「使ってないってば!」
エリはふと空を仰いだ。満点の星空の中に、眩い光が駆け抜けていく。
「流れ星……じゃない?」
そう言うと、コースケとレンも空を見た。
その光のスピードは、流れ星にしては遅すぎた。エリは目を見開く。上空をかけていった光は、眩く発光するGooplexのロゴだった。
「Goopleのホログラム衛星だと思う」
レンが言った。
「何それ?」
不思議に思ったコースケは、トングを置いて携帯端末に持ちかえると、Gooplexのプレスリリースにアクセスした。Webページには、衛星のイメージ画像と説明が掲載されていた。『私たちは、新たな広告媒体として夜空を利用できると考えています』『ステーションの周囲には、3次元立体投影技術を搭載した数機の衛星が巡回しています』と書かれている。
「宇宙看板みたいなもの?」
コースケは言った。
「たいした時代だよ。ちょっと目障りだけど」
エリは困惑しつつも、感心していた。
「いや、かなりだろ」
レンは眉をひそめた。
「でも、これを世界各地からみんなが眺めてるってロマンじゃない?」
コースケはレンの顔を見る。
「そりゃそうだけど、Goopleのロゴは勘弁」
レンが言った。
「そうだね」
コースケは楽しげに笑い、また夜空を見上げた。天頂近くには夏の大三角形が瞬いている。
ロケットを作りながら、澄んだ夜空のままであってほしいと願うのは傲慢なのだろうか。宇宙は未開拓の土地であり、真っ白なキャンバスにすぎない。そこに人間が進出していけば、人の営みのぶんだけ雑多になっていく。見渡す限りの自然が、20万年をかけてネオンと広告にあふれた都市になったように、宇宙空間もいつかは変わってしまうのかもしれない。星空と夜景に当てられたコースケは、ふと、そんなことを考えていた。
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