常磐道

 コースケたちの乗るワンボックスカーは、常磐道の追越車線を筑波に向けて走行していた。三郷料金所を抜け、流山ICを通過した辺り。渋滞もなく快調に車は流れていて、このままの調子だと後30分ほどで筑波に到着する。


 その時、ガラスが割れるような甲高い音とともに、進行方向左側のドアミラーに火花が散った。


 ハンドルを握るレンが悲鳴混じりの声を上げる。

「なんだ!?」


 後部座席中央に座るコースケは、無意識のうちに後ろを振り返った。1台の黒いSUVと2台のスポーツバイクが後方から高速で接近してくる。見るからに警察の車両ではない。それはエクストラクターだった。

「追跡されてる!」


「まともに被弾したら――」

 助手席のエリがそう話す間に、左前方を走る赤いランボルギーニが流れ弾を食らった。車体全体に眩い青の稲妻が走ったかと思うと、車はコントロールを失い、スピンしながら中央分離帯に激突した。衝撃で赤いボディの一部が弾け、運転席目掛けてまっすぐ飛んでくる。3人は驚く暇も無かった。


 ワンボックスカーに搭載された自動運転プログラムがすぐさま反応した。レーダーで障害物を検知した優秀なプログラムは、一瞬のうちにハンドルを左にきった。コースケは全てがスローモーションに見えた。車の右側に取り残されるようなGを感じたと思うと、飛んでくる赤い破片が目と鼻の先で右へと逸れていく。その向こうに見えるランボルギーニも同じだった。ボディの破片は運転席右側のピラーへぶつかって粉々になり、大破したランボルギーニは、レンのすぐ横を過ぎ去っていった。


 その様子を見た3人は、呆然と口を開けた。


 コースケは後ろを振り返って、離れていくランボルギーニの様子を確認した。何事か!?、という様子で運転手が窓から大きく身を乗り出している。そして、そのむこうから迫る追っ手は、スピードを緩めていなかった。


「追いつかれる!」

 コースケは大声で言った。


 それからすぐに車はトンネルに入った。流山ICを過ぎてから千葉県を出るまで、常磐道は人口密集地を貫いている。この辺りは、短いトンネルや一般道が通る架道橋の下を断続的に抜ける区間になっていて、下り線の両側には背の高い灰色の防音壁が続く。コースケたちに逃げ道はなく、前へと進むしかなかった。


「掴まれ!」

 レンは目一杯アクセルを踏み込んだ。シートに3人の体が押し付けられる。ワンボックスカーは前を走る車を左右に避けながら、その間を縫うように走行していく。


「奴らまた撃ってきてる!」

 HALを抱えたコースケは後方の様子を伺った。SUVの後部座席の窓から、箱乗りした敵が発砲を続けている。飛んでくるいくつもの光の筋は路面にぶつかると、そこで青白いスパークへと変わった。


「ううぁ!」

 コースケは悲鳴をあげた。車のリアウィンドウに電磁パルスが直撃し、火花とアーク放電が混じったような稲妻が炸裂した。衝撃で窓ガラスが粉々に砕け散り、コースケはそれを頭からかぶった。


 エリは助手席のドアポケットから、パルスガンを取り出し手に持つ。バッテリーが内蔵されたマガジンから電磁パルスを発射するハンドガンだ。彼女は助手席から後部座席右側に飛び移ると、シートを盾にして後方を見た。


「伏せてて!」


 エリの指示に従ったコースケは、HALを庇うようにして体を丸める。


 エリは素早く応戦した。威嚇射撃をするように数発をSUVの車体に当てると、すぐさまシートで身を隠す。


 すると、SUVが減速し、その前に2台のスポーツバイクが出てきた。急加速したバイクはコースケたちの乗るワンボックスカーと距離を詰めていく。バイクの運転手は躊躇わずに発砲し、割れた後方の窓から攻撃が車内に到達した。コースケとエリの頭上で激しい火花が散る。天井の一部が焼け、車内には焦げ臭い匂いが漂う。


 そんな最中、エリは敵がリロードする隙を逃さなかった。バイクの運転手が手元に視線を落とした瞬間。彼女が放った銃撃はバイクの前輪に着弾し、車体が横倒しになる。バランスを崩した運転手は、そのまま滑るように路面へと放り出され、戦線離脱した。


 ワンボックスカーの後方で追跡を続けるもう1台のバイクは、左右に蛇行するように追越車線と2本の走行車線を行ったり来たりしている。一般車両を盾にして、銃撃をかわしているようだ。軽やかに動き回りながらも、バイクの運転手は執拗に発砲を続ける。エリも応戦を試みるが、その射線は一般車両に遮られてしまう。


 追越車線を走るワンボックスカー。バイクは少し遅れて一番左の走行車線を進む。エリが前方を振り返ると、中央の車線を走る大型トラックが見えた。


「加速して!」

 エリは、後部座席で伏せたまま声を荒げた。その間にもバイクからの発砲は続き、車の後方左側面では短い破裂音が鳴っている。劣勢に陥り、身動きが取れない。


「わかった!」

 レンはアクセルを強く踏んだ。加速して大型トラックの右側を追い抜いていくワンボックスカー。車がトラックの長い車体に隠れたところで、エリは後部座席から頭を出した。そして、トラックの影になっている走行車線に銃の狙いを合わせる。


 ワンボックスカーが大型トラックを抜き去った直後、トラックのヘッドライト脇からバイクが現れた。バイクの運転手とエリの目が合う。両者が銃を構えている。


 先に引き金を引いたのはエリだった。電磁パルスが運転手の左手に命中し、握られた銃は宙を舞って吹き飛ぶ。攻撃の手段を失ったバイクはそのまま失速し、追跡不能になった。


 柏ICに差し掛かかると空が開けた。防音壁の区間はここまでで、道路脇の斜面には木々が生い茂り、中央分離帯には生垣が植えられている。道路は緩やかにカーブしながら、利根川へと向かっていく。


 エリがバイクと交戦する間に、後方からSUVが高速で迫ってきていた。後部座席の2人は、エンジン音のする方向に視線を向ける。SUVのリアドアは開いていて、そこから屈強な男が顔を覗かせている。進路をそのままに、中央の車線を走るSUVはコースケたちの乗るワンボックスカーの左側に進入した。


 その時、ガタン!と車の両側から擦れるような衝撃音がして、車内が大きく揺れた。SUVが左側面から体当たりをしてきたのだった。衝突の衝撃で、SUVのリアドアが脱落し、後方へ流れ去っていく。エリの手から銃が離れ、床に落ちた銃はそのままシートの下へと滑っていく。SUVと中央分離帯に挟まれたワンボックスカーは、ガードレールと接する車体の右側から激しい火花を散らしていた。


 SUVの後部座席に乗る男は、外からワンボックスカーのドアを強引にスライドさせると、そのドアの取っ手に対して発砲した。


 進行方向左手のドアは開いたまま故障し、横付けされたSUVから黒ずくめの男の手が伸びてくる。その手は、コースケの持つHALを目指していた。屈強な男はHALを掴んでSUVの車内へ引き入れようとする。同時にSUVの運転手はハンドルを左に切り、SUVとワンボックスカーの間隔が広がる。


「離せ!」

 HALを掴んだままのコースケは床を滑りながら、車外へと引っ張られていく。


「コースケ!」

 エリはのしかかるようにして、コースケの太ももをがっちりと掴んだ。


 コースケの上半身は車の外へと飛び出した。体がHALごと車外に投げ出されることは防がれたが、顔は時速120kmで流れる路面すれすれになっている。今にも鼻の先がアスファルトに接触してしまいそうだ。


 並行して走るSUVと白いワンボックスカーの間で、HALが浮いている。ワンボックスカーの右側側面は中央分離帯と擦れ、眩い火花が散っている。HALをめぐって、男とコースケの綱引きが続く。


 男が腕に力を込めた。体格と体勢で劣るコースケはゆっくりと車外へと引っ張られていく。そして、SUVの運転手は運転席の窓を開けた。咄嗟にコースケもそちらに視線を合わせる。運転手の右手には銃が握られていた。


 SUVの運転手は、体を後方に捻るようにしてコースケの背中に照準を合わせようとしていた。車の揺れで銃口が大きく上下にぶれている。


「レインボー爆弾だ!」

 運転席のレンは叫んだ。


「どこ!」

 コースケが言った。

 

「俺のバッグ!」


 エリは運転席と助手席の間に位置するコンソールボックスに置かれたバックパックに手を伸ばした。片手でその中を探り、手榴弾にも似た球体を掴む。

「あった!」


 コースケはSUVの運転手をちらりと見た。銃口はこちらを向いていて、引き金には指が掛けられている。運転手がニヤリと笑ったような気がした。全身から血の気が引いていくのを感じ、目を開けているのが嫌になりそうだった。

 

 エリは、爆弾のピンを口で器用に引き抜くと、SUVの車内目掛けて投げ込んだ。丸いボールがコースケの頭上を飛んでいく。


 HALを掴む男の顔のすぐ横で、レインボー爆弾は勢いよく破裂した。瞬間的に派手な科学反応が発生し、SUVの車内が七色の発泡素材で満たされる。その直後、SUVに乗る2人の顔は泡に埋もれて見えなくなった。


 驚いた男はHALを掴む手を離し、同時に運転手が構える銃が暴発する。銃口から放たれた光の筋がコースケのすぐ頭上をかすめていったと思うと、SUVはコントロールを失い、スピンしながら後方へと消えていった。発泡素材は道路上に溢れ、泡でできた七色の虹がSUVの通った跡を鮮やかに彩った。


 HALを掴んだままのコースケは、エリの手で車内へと引き上げられた。

「大丈夫?」


「生きてるって……感じ」

 顔面蒼白になったコースケは細い声で言った。




 2人の刑事は捜査の指揮を執りながら、秋葉原周辺を巡回していた。


 車内に警察無線が響く。

『常磐道で暴走車両の通報あり、白いワンボックスカー。筑波方面へと向かったとのことです』


「南原さん、これって」

 ハンドルを握る森田が言った。


「急げ!」

 助手席の南原は声を荒げる。


 南原が赤色灯を車の屋根に載せると、森田はアクセルを踏み込んだ。サイレンを鳴らした黒いセダンは常磐道へと進路をとった。

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