第二拠点
エリに遅れて、コースケとレンもネットカフェに到着した。階段を上がって室内に入ると、そこには6名ほどの協力者たちが談笑していた。
「信頼できる人材を集めた。腕は確かだよ」
ニールは胸を張った。
秋葉原の小さなネットカフェには、ネット上で活動するアマチュアのハッカーから、Goopleの元システム管理者やセキュリティ会社のSE、ハッキングコンテストの優勝者までが一同に会した。
「どうやって呼んだんですか……」
エリが尋ねると、ニールはニヤリと笑う。
「いろいろあるってこと」
「航介、英莉、それにレンやろ?」
話しかけてきたのはコースケたちと同年代の女性だった。スタイリッシュなウェリントンタイプの眼鏡をかけていて、長い髪は後ろでまとめられている。
「なんで名前を?」
コースケが不思議そうに言った。
「なんでってこのご時世、学生でロケット開発を独自にやっとんのはあんたらぐらいしかおらんし。あんなクソセキュリティの甘い環境でロケット作っとるなんて信じられんわ。物騒な世の中やのに」
表情豊かな彼女の振る舞いは、快活さに溢れていた。そして、饒舌に話を続ける。
「せやから、エクストラクターもすぐ気づいたし、うちも情報を得とった。もっと感謝してくれてもええんやで? 島本さんにあんたらの情報を流してなかったら、今頃奴らにやられてたかもしれんし……。命の恩人なんやで、うちは!」
ずい、と顔を近づけてくる。コースケは困惑して、反射的に目を逸らした。
2人の間に割って入るように、ニールが紹介する。
「彼女は檜山。フリーランスで活動する情報セキュリティのプロだ」
「言い忘れててんけど、あんたらのつこうてる誘導プログラム? あれはうちが書いたもんなんや。オープンソースで書いたもんが警察の世話になったら、本業が商売にならんて」
「本業って?」
レンが傍から訊いた。
「詳しくは言えへんけど、企業はんのデータが外から取られんよう手助けしてる」
「まあ、よろしゅう頼むわ! うち、檜山夏希っちゅうもんや!」
笑顔で右手を差し出す檜山。その押しの強さにすっかり萎縮しつつも、コースケは快く握手に応じた。
ネットカフェの店内は大改造が始まった。もともとあった個室ブースは全て取り外され、そこにあったデスクトップPCは全て撤去された。そうしてできた広い空間の中央には、長机を組み合わせた大きな島が設けられ、その周りにパイプ椅子が配置された。勢ぞろいしたコンピュータのプロたちは、作業がしやすいよう思い思いに環境を作り変えていった。
「ここのPC、WinosOSが入ってる」
「全部Rinuxに変えようか」
「私、その設定やります」
「セキュリティってどのくらいまで高められます?」
「心配せんとって、絶対に足跡は残さない」
「このPCだけ遅いんですけど」
「メモリ取り替えましょうか」
「それなら他のPCにも色々手を加えますか」
「グラボに処理させれば60%ほど高速化できるはず」
「もうサーバー新たに設置します?」
「それだったらさっき下で安売りしてましたよ」
「あの、予算は……」
誰かが申し訳なさそうに声をあげた。その声を聞いて、全員の手が止まる。ネットカフェ内は静まり返り、ニールに視線が集まる。
「必要な分だけ」
彼が短く答えると、その場にいた人は皆、本当に良いのか?、と目を丸くした。
ニールは眉を上げる。
「何か問題でも?」
その一声で、皆が好き勝手に必要な備品を秋葉原のショップで買い漁ってくることになった。誰も口には出さなかったが、これから起きることはおおよそ予想がついていた。
僅か半日足らずで、秋葉原の店からほぼすべてのハイエンドグラボとメモリが忽然と消えた。ネット上では、海外のバイヤーが転売のため買い占めただとか、Goopleの陰謀だとか様々な噂や憶測が飛び交ったものの、その事態の全容を理解していた人間は一人もいなかった。
広い室内の一番奥にはホワイトボードが搬入され、中央の島を形作る長机の上には、秋葉原の総力を結集したモンスターマシンがずらりと勢揃いした。床には数々の電源ケーブルやLANケーブルがカバーをかけられて張り巡らされ、壁際には背丈ほどある高さのサーバーがいくつも鎮座している。マシンのスペックは申し分なく、そこにいた全員が満足げな表情をしていた。そして最後には、店内の大改造を締めくくるかのように、壁に大型のカウントダウンタイマーが掛けられた。7セグメントディスプレイが8桁並んだLEDの数字表示器だ。ニールが電源を入れると、表示板の赤いデジタル数字が点灯し、打ち上げまでの残り時間が表示された。おおー!という緩い歓声とともに、第二拠点の設営は完了した。
打ち上げまで、残り125時間と9分33秒だった。
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