作戦会議

 第二拠点の設営が終わり、すぐに作戦会議が開かれた。ホワイトボードの隣には大型のブラウン管モニターが用意され、秋葉原のネットカフェと筑波の管制室がビデオ通話で繋がっている。画面には島本とケイトの姿が映し出されている。部屋の後方には、ホワイトボード全体を撮影するビデオカメラが設置されている。


 コースケたち3人と檜山は、ホワイトボードに近い前方の席に並んで座った。


「ではニール」

 島本の合図でブリーフィングが始められた。


「作戦の概要について説明します。だいぶ簡略化するからそのつもりで」

 ニールがホワイトボードにペンで図を書き始めた。キュキュっとペン先が擦れる音がする。


 ペンをスライドさせて大きな半円の弧を描き、その弧の内側に『地球』と記した。地球の地表面のイメージ図だ。次に、孤の両端に1つずつパラボラアンテナのイラストを書き加え、左端を『日本』、右端を『アメリカ』とした。


「まずはインターネットの構造から。軌道上にあるスカイリンク衛星が地球をぐるりと取り囲んでいる」

 ニールはそう説明しながらペンを走らせた。半円の地球を取り囲むようにして、いくつもの丸を描く。この丸1つ1つが、軌道上に浮かぶスカイリンク衛星を示していた。


「一昔前のネットワークの経路を図示するとこうなる。昔は宇宙空間のスカイリンク衛星を経由することで、世界各地にネット回線が繋がっていた」

 左端のパラボラアンテナを始点として、そこから一番近いスカイリンク衛星へと一本の線を引く。そして、隣接するスカイリンク衛星をなぞりながらアメリカ上空まで線を引っ張り、右端のパラボラアンテナへと繋いだ。


「そして、現在のインターネットは」

 スカイリンク衛星のさらに上、ホワイトボードの中央に大きな丸を描いた。


「これがメインフレーム……」

 コースケが呟いた。


「その通り、これがインターネットの中心という訳だ」

 ニールはそう言うと、Goopleの宇宙ステーションにあるメインフレームから全てのスカイリンク衛星へ向けて、放射状に線を引いた。


 ニールが説明を続ける。

「つまりこれは中央集権ネットワーク。ほぼ全てのネット通信はGoopleのメインフレームを経由し、このおかげでGoopleはWeb上のデータを迅速にクローリングできる」


「で、ここからが重要になる。Goopleのメインフレームに大規模な保存領域が存在する可能性についてですが、最も重要なデータは地上のデータセンターではなく、軌道上のメインフレームに保存されている可能性が高い」


「可能性? それは推測なのか?」

 ハッカーの一人が声を大にして言った。


「ああ、そうだ」

 島本が代わりに答えた。


 島本は続ける。

「この作戦は賭けだ。メインフレームに目当ての情報が無ければ、そこで計画は失敗する。しかし、これは様々な情報を吟味した上での結論だ。賭ける価値はある。我々の読みが正しければ、宇宙開発の蓄積データはメインフレームの内部に隠しファイルとして保存されているはずだ」


 ブラウン管モニターの表示が切り替わり、画面には計画の概要がレトロゲームのような簡素なグラフィックで描画された。カクカクした地球の表面に、縮尺を無視した大きな発射台とシャトルを模した3Dモデルが配置されている。


「作戦は3段階だ。まず、シャトルを打ち上げてGoopleステーションにドッキング。次に、HALの力を借りて、メインフレームから宇宙開発のデータを見つけ出し地上へ送信。そして、そのデータを地上のサーバーに分散的に保存する」

 島本の説明に合わせて、モニターに映るCG映像がアニメーションする。


「新たにデータの保存方法を検討しました。メインフレームから解放したデータを地上に分散させて保存する仕組みです。スタンフォードとMITが開発したアルゴリズムを応用したもので、並列分散ストレージと呼んでいます」

 ニールはホワイトボードに『Parallel Distribution Storage System』と書いた。

 

 隣にいた檜山はコースケに対し、「私のアイデアも入ってるんやで」と小声で耳打ちした。


 ニールは話を続ける。

「このシステムでは、ファイルの作成者であるクリエイターとファイルの記録者であるアーカイバーが協力して情報を守る仕組みになっている。つまり、ファイルを分散的に保持するんです。そして、このシステムにはプライベートな使い方とパブリックな使い方の2つがある」


「まず前者、クリエイターはファイルを断片的なデータに分解して、複数のアーカイバーに保存する。この場合、1つのアーカイバーはデータの一部分だけを保持することになる。1つのアーカイバーにアクセスしただけでは全体像が見えず、特殊な方式を用いて、すべてのアーカイバーに接続して初めて完全なファイルを見ることができる。これがプライベートな使い方です」


「次に後者、これが肝です。クリエイターはファイルの完全版を複製して、複数のアーカイバーに保存する。そして、アーカイバー同士でファイルの整合性を相互にチェックし合う。これでファイルの改ざんは不可能になり、オリジナルが完全な状態のまま保護される。これがパブリックな使い方で、今回はこの技術を応用する」


「ネットの全データを保存することは不可能だが、ニュースや歴史的記録、学術論文など、公共性の高いデータには有効なはずだ」

 島本はニールの説明を補足した。


 理解が追いついていないレンを見て、エリは要約した。

「みんなで同じファイルを持つってこと。中身の違うファイルを持つ人が現れたら、その時点で異常に気づける」

 

 島本は言った。

「攻撃者は瞬間的に51パーセント以上のアーカイバーを書き換えない限り改ざんができない。そんなことは技術的に不可能であるし、大規模な攻撃を仕掛ければすぐバレる」


「どういうこと?」と首を傾げるレン。隣に座るエリに対し、子犬のような目で助けを求めている。


「インターネットが壊れたからインターネットを直す。そういうこと」

 エリはぶっきらぼうにまとめたが、その説明はかなり不正確だった。中途半端に頷いたレンは、それ以上聞き返さなかった。


「端末の数で整合性を多数決するんですか?」

 コースケは質問した。


 それに対して、島本が答える。

「そう、そこが問題だ。このシステムはアーカイバーの数がものを言う。今回の作戦を実行するにあたって、多数のアーカイバーを確保しなきゃならない。つまり、我々に協力する携帯端末やPCが大量に必要になる」


「心配はいらない。それについてはこちらでなんとかするよ。コースケたちは打ち上げに集中してほしい」

 ホワイトボードの横に立つニールは、優しい声で言った。


 一般の人々が持つ電子機器、その保存領域の一部を並列にリンクさせ、単一のアーカイブとして利用する。これが、島本とニールが考案した計画の全容だった。バラバラな個体が大きな群れを作るように、1つひとつの端末は小さくても、それが集まれば強固で巨大なネットワークを構築できる。そして、そのネットワークを用いて、強力な管理者のいない公共性の高い学術アーカイブを作る。前例の無い計画が動き出そうとしていた。


「打ち上げまで時間がない。早速作業に取り掛かってくれ!」

 島本は一同を奮い立たせるように声を張り上げた。その声で会議は解散し、皆が持ち場に戻った。


「君たちの仕事はこれだ」

 ニールはコースケの前まで来ると、手に持ったチップを渡した。コンピュータのCPUに似た金属性の四角いチップだったが、マザーボードに取り付けられるそれよりふた回り以上大きかった。


「メインフレームにある基盤をこれと交換してほしい。檜山、あとは頼んだよ」


「まかしてください」

 檜山はニールから話を引き取った。


「その制御チップやけど、替えはないから注意してな。間違っても宇宙にほっぽり投げないこと。GoopleのメインフレームとHAL、それからここのサーバーを繋ぐために必要なファームウェアが入ってる」


「にしても、HALっちゅーロボはかわえぇなぁ」

 檜山はHALの頭を撫でた。HALはケーブルで彼女のラップトップと接続されている。


「ちゃんとシステムは完成させるから待っとってな。エリもちょっと手を貸しぃ」

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