組立て施設
筑波に戻ったコースケは、地下の組み立て施設で島本を探していた。隣接する倉庫に人気を感じて、そこを探索することにした。
倉庫内には、背の高い大型の荷物が雑多に並んでいた。埃を防ぐためなのか、荷物にはブルーシートや布がかけられている。寸法や形はバラバラで、背丈と同じくらいのものから置き場所に困るような大きなものまで、多種多様だった。雰囲気はさながら映画スタジオにある大道具置き場や美術館のバックヤードのようだった。
少し進むと、コースケは島本の姿を見つけた。島本は、倉庫奥の片隅にある作業スペースの椅子に腰掛けていた。頬杖をついて倉庫内を眺めている。
「来てたのか」
コースケの姿を見た島本は、少し驚いたような様子だった。
「灯りが外に漏れていたので」
島本は椅子から立ち上がると、シートがかけられた荷物の間を出口へと進み始めた。コースケは肩を並べて歩く。
「博物館にあった展示は、主にここに保存してある」
布の隙間からは宇宙服のヘルメットの一部が見えた。コースケは、この中に見覚えのある展示がいくつか紛れていることに気づいた。アクリルのショーケースに入った宇宙服のレプリカ。ISSの居住区画を模した1分の1モックアップ。これらは、エキスポセンターにあったものかもしれない。大きな展示物は人工衛星のレプリカだろうか。
「月面着陸の映像は残っていなかった。復元作業もままならないほどにテープが痛んでいて」
島本は歩きながら言った。
コースケには島本がどこか話を逸らしているかのように感じられた。俯きながら歩を進める。
倉庫を出て、組み立て施設へと戻ってきた。発射台に機首を向ける形でシャトルが駐機している。2人はその右翼側をまっすぐ歩いた。コースケと島本の歩幅は異なり、気がつけば2人の間に距離が生まれていた。島本はコースケを背にして前へと進んでいく。
コースケは意を決して本題に踏み込んだ。
「宇宙に行かせてください」
「……計画はないと言ったはずだ」
島本は振り返って、足を止める。島本の背後には聳え立つ発射台が見えた。ひんやりと冷気をはらんだ風が吹き抜けの空間を流れていく。
「でも、シャトルはある」
コースケは視線を左に移して、駐機するシャトルを見上げた。機体表面の白い耐熱パネルに、照明の光が美しく反射している。
「勝算なしに動けば、状況はさらに悪くなるばかりだ」
「HALならGoopleのメインフレームにアクセスできる。Goopleから宇宙開発の歴史を取り戻せる」
次の瞬間、シャトルのAPUが起動した。組み立て施設に甲高い駆動音が反響する。
「おい、HAL!」
コックピットに繋がるハッチに向かって、島本は叱るように言った。そのハッチは開いていて、簡易的なタラップが横付けされている。
「・-・-・--」
無邪気に笑うようなビープ音が機内から聞こえ、ハッチからはエリとレンが顔を出した。そして、2人の間から、丸眼鏡をかけた白髪の老人がタラップに出てきた。
「しばらくだな、島ちゃん。こやつらのために、ひと肌脱ごうと思ってな」
じっちゃんは穏やかに語りかける。
ハッチを見上げていた島本がコースケの方を向き直った。その表情は冷たいままだった。
「そう簡単に現実は変わらない」
島本は静かに言った。
「そんなことわかってます。でも――」
何も変わらないかもしれない、意味がないかもしれない。それでも、コースケは訴えずにはいられなかった。
「宇宙はロマンある場所じゃなかったんですか? 目指すべき価値のある場所じゃなかったんですか? 先人たちの偉業は無駄だったんですか? 科学の可能性を信じた自分はただの馬鹿だったんですか?」
「僕は知りたい……、そこに何があるのかこの目で確かめたい。だから……だから行くんです、宇宙に!」
組み立て施設にコースケの声が響き渡った。
「……賭けてみるか」
暫しの沈黙の後、島本は呟いた。そして、ゆっくりと右手を差しだす。コースケは確かにその手を握った。がっちりと握手を交わす2人の手は、わずかに熱を帯びていた。
地下施設につくられた管制室には、白いABS樹脂のブラウン管モニターとタワー型PCが備え付けられた、レトロなコンソールがいくつも並んでいる。天井は小規模なホールのように高く、正面は一面ガラス張りになっている。管制席に座ると、手前の組み立て施設とその奥の発射台が一直線に見渡せる構造をしていた。
階段状になった管制室中央の通路を囲むようにして、コースケたち3人と島本、じっちゃんは周りのコンソールに腰掛けた。
エリは床にいたHALを持ち上げて、コンソールの上に乗せた。
そこでコースケは、あらためて計画を皆に説明した。
「博士は、その検索能力が鍵になると考えてHALを地球へ送った。HALの力を借りればGoopleのメインフレームから宇宙開発のデータを取り戻せる。その後で、エクストラクターのことも、それにISAやシマモトさんのことも、全部そこから世界に発信する」
「警察の動きを考えると、後2、3週間がタイムリミットだろう」
島本は腕を組んだ。
「シャトルを打ち上げるってんなら、もっと人手が必要になるな」
じっちゃんはそう言って、広々とした管制室を見渡した。コースケもじっちゃんの視線の先を追う。人けのない空席の管制卓には、もの寂しさが漂っていた。管制官もシャトルを扱う技術者も何もかもが足りていなかった。
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