2人の技術者

 夜になるのを待って、3人は島本から借りた白いワンボックスカーで筑波を離れた。


 日が落ちた後の秋葉原はどこか忙しなかった。店の灯りが通りに漏れ、道行く人をおぼろげに照らしている。3人は雑居ビルが立ち並ぶ暗い路地裏で車を降りた。気を利かせたワンボックスカーは静かに闇の中へと走り去っていった。


 3人はじっちゃんの店を訪ねた。隣に立つビルとの隙間を通って店の裏口に回る。通路は人ひとりがやっと通れるくらいに狭く、壁には薄汚れた電線や配管が窮屈そうに取り付けられていた。足元ではエアコンの室外機が壊れそうな音を立ててガタガタと動いている。


 コースケは裏口の呼び鈴を鳴らす。しばらくするとドアが開いた。


 じっちゃんは3人の姿を見ると声の大きさを抑えて言った。

「ニュースは見たぞ、何やらかしたんだ。まあいい入れ」


 3人は店の奥に案内された。そこは生活感のある8畳ほどの和室で、中央には趣のある座卓が置かれていた。空調が程よく効いていて、部屋はほのかに涼しい。じっちゃんとコースケが向かい合うようにして座り、エリとレンはコースケの両脇に腰を下ろした。


「聞かせてもらおうか」


 じっちゃんに対し、コースケは事の顛末を完結に話す。そして、「島本さんのこと知ってますよね」と切り出した。


「あまりこういう話はしたくないんだが……」

 そう言うとじっちゃんは眉間に皺を寄せ、じっと黙り込んだ。暫くして、何かを決心した様子で立ち上がる。じっちゃんは襖の奥から古いアルバムを持ってくると、一枚の写真を取り出し、座卓の真ん中に置いた。


 写真には、作業服を着た2人の男性が写っていた。スペースシャトルを背に笑顔で肩を組んでいる。その人物は、若き日の島本とフラックス博士だった。


「島ちゃんとハリーは親友だったんだよ。なんたって、その2人が月面の宇宙開発を推し進めたんだから。2人は世界初の小型核融合エンジンを完成させた。今の社会があるのは彼らのおかげだよ」

 じっちゃんは懐かしそうに写真を眺めた。


「10年前に何があったんですか?」


「月面基地の事故か。数々の憶測が飛び交っていたが、詳しいことは分からない――」


「ただ……あの時、島ちゃんは何がなんでもハリーを助けに行こうとした。だが、それは叶わなかったんだ。予算だとか政治だとかそういう理由でね。それから島ちゃんは笑わなくなってな」

 そこまで話すと、じっちゃんはコースケを見つめた。


「コースケ、彼を助けてやってはくれないか?」


「でも……、僕にはなんの力もありません」

 迷いから出た言葉だった。


「ない訳ないさ。こことここにあるだろう?」

 じっちゃんは頬を緩ませながら、自身のこめかみに人差し指をあてた。そして、拳で胸を二回叩く。


「お前さんがやるってんだったら、シャトルだって飛ばしてやる」

 どこか悪戯っぽい口調だったが、じっちゃんの目は真剣そのものだった。コースケは優しく背中を押されたような気がした。


「少し部屋を借りていいですか」

 その言葉にはコースケの決意が滲んでいた。


「茶を淹れてくる」

 じっちゃんはにっこりと笑うと、台所へ向かっていった。磨りガラスの引き戸が古めかしい音を立てて閉まる。


 レンが反対側に移動し、3人は少し前のめりになって座卓を囲んだ。


「Goopleとどうやりあう?戦う相手があまりに大きすぎる」

 最初に口を開いたのはレンだった。


「僕たちなりのやり方で」

 コースケが言う。


「考えはあるのか?」


「今考えてる」

 アイデアはぼんやりと脳裏に浮かんでいたが、突拍子もないアイデアに思えて、口に出すのが憚られた。


「格納庫の映像は?オリジナルの」

 レンはエリの方に視線を移す。


「HALが記録しているはず」


「それを公表すれば――」


「悪くない考えだけれど、表層ウェブならきっとエクストラクターに介入される。それに、黒ずくめの集団が大学外れの格納庫を襲撃? 信じてもらえるとは思えない」

 エリはレンの考えに同意しつつも、意見を付け加えた。


「普通にやってもダメか〜」

 レンは畳に手をついて、天井を仰ぐ。


 短い沈黙の後でコースケは言った。実現できるかも分からない不確かなアイデアだったが、他に方法は思いつかなかった。

「Goopleから宇宙開発のデータを取り戻して、本当のことを全部世の中に発信するんだ」


「シンプルだけど、それしかなさそう」

 エリは言った。


「Goopleのサーバーは世界各地にあるって話だろ? しかも場所は非公開」

 

「それが問題。どこかには絶対にあるはずなんだけれど」

 コースケは唸るように言った。


「すぐに分かったら苦労しないよなぁ」


「宇宙……?」

 エリがふと呟いた。


「えっ?」

 予想外の言葉に、コースケは思わず聞き返す。


「データを守るのに、軌道上のステーションは都合が良い。外部の人間の立ち入りはあり得ないし、データセンターの排熱も解決できる」


「Goopleステーションは最近完成したばかりじゃんか!」


「確かに完成したのはついこの間。だけど、完成前から稼働していたとしたら」


 コースケはそれを聞いて確信した。

「Goopleステーションには、スカイリンク衛星を制御するメインフレームがあるって。そこに大規模な保存領域があってもおかしくない。……データは軌道上にある」


「おいおい、宇宙に行くってことか!?」

 レンは間抜けな声で言った。


「打ち上げ施設もシャトルも揃ってる。不可能な話じゃないよ」

 コースケは言い切った。隣に座るエリも同時に首を縦に振る。


 2人の気迫に押されるようにして、レンは首肯した。そして、次の問いを投げかける。

「仮に宇宙ステーションまで行けたとして、どうやってお目当てのファイルを探す?」


 もっともな指摘にエリは肩を落とした。議論はトーンダウンし、行き詰まりそうになった。

「膨大なデータが記録されているだろうし、Goopleのメインフレーム全体を検索するのは技術的に難しい。検索する文字列がわからないんじゃ、そもそも検索のしようがない」


「それだ!」

 コースケが声を大にして言った。


「何が?」

 レンはぽかんとした。


「Goopleのメインフレーム全体を検索するのは、技術的にできっこないって。できるよ!」


 コースケは畳み掛けるように話し始める。

「HALだ!HALが鍵なんだ。ほら、僕らのロケットだよ!HALは今まで、内部ストレージに記憶された宇宙開発の蓄積データをもとに、ロケット開発を手伝ってくれた。問題解決に最適なヒントを教えてくれた」


「記憶されてる知識量やデータ量じゃない、HAL最大の機能はその検索能力だ。ただ検索ワードに合致したものを探すんじゃなくて、もっと文脈やストーリーを重視して情報を選び取れる。だから博士はHALを地球に送ったんだ!HALならGoopleの膨大なデータベースを探索できる!」


「コースケ、冴えてる!」

 エリはコースケの話をすぐ理解したようだった。


 大きく息を吸い、呼吸を整えてからコースケは言った。これが3人の導き出した解決策だった。

「HALをGoopleのメインフレームに接続すれば、宇宙開発のデータを歴史を取り戻せる」

 

 台所につながる磨りガラスの引き戸が開いた。じっちゃんが持つお盆の上では、人数分のお茶が湯気を立てていた。


「決まったかい?」

 じっちゃんは、座卓に湯呑みを並べながら問いかけた。穏やかな表情でコースケの返事を待っている。台所から3人の話を聴いていたようだ。


「はい!」

 コースケは明るい表情で頷いた。

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