レトロラジオ型ロボット
コースケは目を覚ました。眠い目を擦って辺りを見回す。鳥の囀りが聞こえ、窓からは太陽の光が差し込んでいる。入り口のシャッターは半分だけ開いていていて、草木や土の匂いが風と一緒に外から運ばれてきていた。
テーブルの上は、昨日のままの状態だった。誰一人として片付けをせず、作業を続けたまま寝落ちしたのだった。そこには、割り箸が入れっぱなしになっているカップラーメンの容器、ビールやジュースの空き缶、食べかけのお菓子や惣菜、アイデアを乱雑に書きなぐった大量のメモ用紙や紙などが散乱していた。
テーブルに置かれた3台のラップトップPCは、開いたままスリープモードになっていた。レンはテーブルに突っ伏してまだ寝ている。そこにエリの姿は無かった。
「今何時だ?」
あくびをしながら、コースケはPCのスリープを解除する。時刻は朝の8時15分だった。
「・--・・・・---」
その時、背後でガコンと物音がして、ビープ音が鳴った。
驚いたコースケは、音のする方へと振り向く。すると、そこには一体のキューブ型ロボットがぽつんと立っていた。人間の膝下くらいの大きさで、離れたところからこちらを見上げている。
「ろ、ロボット!?」
コースケは目を丸くした。ロボットの背後には、昨日拾ったカプセルのハッチが開いたままになっている。コースケは、カプセルの中身がこのロボットだったことを察した。
「・-・・・-・・--・---・・・---」
ロボットはコースケに何かを言うように、ビープ音を鳴らした。
その音に驚いたコースケは、思わず後ずさる。
「しゃ、喋った!?」
「-・・---・」
ロボットはコースケの方を見ると、不思議そうに首を傾げる。
コースケは戸惑った。
その時、奥にある事務所のドアが開き、エリが出てきた。無造作なショートの黒髪は濡れていて、首にはタオルが下げられている。シャワーを浴びてちょうど戻ってきたところだった。
エリはタオルで髪の毛を拭きながら、落ち着いた口調で言った。
「あっおはよう、昨日のやつなんだけど、ジャイロのデータが原因かもしれない。詳しいことはレンに聞――」
そこまで話したところで、コースケの前にいる小さなロボットに気がついた。そこで彼女の動きが止まる。
「なにこれ、かわいい! ペンギンじゃん!」
エリは、今にも飛びつきそうな勢いでロボットに駆け寄った。興味津々であちこちを見回す。興味を持たれたロボットは、ペチペチを足を踏み鳴らしながら、困惑していた。
確かにペンギンに見えなくもない、とコースケは思った。同時に、エリのテンションの変わりように少しばかり衝撃を受けた。エリの声はいつもよりワントーン高くなっている。
そのロボットの雰囲気と動き方はペンギンに似ていた。見た目そのものがペンギンに見えるという訳ではなかったが、白黒のカラーリングとペチペチと足をふみ鳴らす動作、それに左右についた羽は、ペンギンを彷彿とさせた。大きさは人間の膝下ほどで、その体は緩く丸みを帯びたキューブ型をしている。筐体のデザインは、Sony製レトロラジオのTR-1825にそっくりで、シンプルな白と黒のカラーリングが特徴だった。ホワイトカラーのTR-1825をスピーカー部分が上になるよう横倒しにして、下部には体に隠れるほどの短い足を、左右には羽を模したパネルを、黒いメッシュのスピーカーの代わりに荒いLEDのディスプレイを取り付ければ、目の前にいるロボットと同じ見た目になるはずだ。顔は横長のディスプレイに映る2つの白い丸で表現されていて、その2つの丸は、時々瞬きをするようにパチパチとアニメーションし、目のように見えた。
「……これどっから持ってきたの?」
エリは低めの声で言った。エリはコースケの視線を感じて、無理やり声をいつもの調子に戻したようだった。
「持ってきてない!」
コースケはロボットの背後にあるカプセルを指差した。
「どういうこと?カプセルの中身がコレ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・-・-」
ロボットは、ビープ音を鳴らしながら、足をパタパタさせた。
「喋った!」
エリは興奮した様子で言った。ロボットを見る目はキラキラしている。そして、その言葉を聞いた謎のロボットは、ディスプレイに困惑の表情を浮かべていた。
「朝から煩いぞ……」
レンが鼻の詰まったような声で言った。目はあまり開いていない。
「これみて」
コースケは無理やりレンの頭を掴んで、ロボットの方へ向ける。
「え、何?」
レンは眠い目を擦った。寝起きで頭がぼんやりしているようだ。
「よく見て」
コースケが言う。
「えっなんだこれ!?どういう状況!?」
レンは驚きで目が覚めた。ハッチが開いたカプセルとその前に佇むロボットに混乱している。
「カプセルからペンギンロボが出てきた」
コースケは淡々と話した。
「そう言われればペンギンだな……」
レンは少しだけ納得したようだった。
「・・・・・・・-・・・-・・--・・・--」
ペンギン型ロボが何か言った。
「喋った!?」
レンが驚いて仰け反る。
「・・・・・--・・・・・」
レンを見たロボットは、不機嫌そうなビープ音を鳴らす。
「なんか怒ってる?」
エリは言った。
すると、突然プロジェクターが起動し、目の前のスクリーンに映像が映し出された。映像は、格納庫に差し込む光でコントラストが低くなり、少し見難かった。スクリーンの中では、壁に埋め込まれた火災報知器のようなランプに向かって宇宙飛行士が話しかけている。
「このロボットが映してる!?」
レンはロボットを見た。
コースケは流れる映像にどこか見覚えがあった。タイトルやストーリーは全く思い出せなかったが、とても古い映画であることは分かった。
『HAL』『HAL』『HAL』『HAL』『HAL』
セリフの一部分が抜き出され、ループで再生されはじめた。
『HAL』『HAL』『HAL』『HAL』『HAL』
同じセリフが何度もが繰り返される。
少し考えた後で、コースケは言った。
「……名前がハルってことか!」
「-・・・・・--・・・・-・・・--・・・・・-」
ロボットは嬉しそうに、体を左右に揺すって足を鳴らした。
「どこから来たの?」
エリは訊く。
「・・--・・」
ロボットは首を傾げた。
「どうせあれだろ、なんか重要なデータが入ってたりするんだろ?」
レンはぶっきらぼうに言った。
「-・・-・・-」
ロボットはその通り!、と言うように、羽をビシッと前に突きだす。
「データって?」
コースケは問いかけた。
「-・」
HALは拒否するような低いビープ音を鳴らした。
「え、見せられない?」
コースケは言う。
「-・-・」
HALはうんと頷いた。
「行く当てはあるの?」
エリが訊いた。
HALはスクリーンに画像を表示させた。その画像は、ISAのロゴが掲げられた高い建物とその前に置かれた大きなロケットを写したものだった。その画像の場所がどこかは、すぐに分かった。
「筑波宇宙センターは閉鎖されてる。今は廃墟で無人、ISAの組織も無い。がっかりするだろうけど」
コースケがHALに説明した。
「・・・・--・・」
HALはビープ音を鳴らして、残念そうに俯いた。
「つまり……迷子ってことか」
レンは言った。
コースケは少し考える。そして、HALの前に腰を落として笑顔で言った。
「わかった。行くところもないだろうし……しばらくは僕らの研究室に居ればいいよ」
「おいマジか!」
「賛成!」
レンは少々不満そうに、エリは楽しそうに言った。
コースケは右手をHALの前に出した。それを見たHALは喜んだようにビープ音を鳴らし、羽を模した稼動部を前に差し出す。
「こちらこそよろしく」
コースケは腰を落としたまま、HALと握手を交わした。
「あっ自己紹介がまだだったね。僕は航介、間宮航介。でこっちが英莉、ソフトウェア担当」
「おいおい、ロボットと会話かよ」
レンが茶化した。
「で、こっちがレン、うちのメカニック。ここは僕らの格納庫で、ロケット作ってるんだ」
HALは足をペチペチと鳴らしながら、体を左右に揺すって辺りを見回した。そして次の瞬間、HALは勢いよく頭からバタンと倒れた。
「大丈夫!?」
驚いた様子でコースケは倒れたHALを起こす。顔のディスプレイの表示が消えているのが分かった。電源が落ちている。
「バッテリーがダメになった?ソフトのエラー?」
エリがHALを見て言った。
「どうだろう、詳しく調べてみないことには」
「あっ、1限始まる!」
レンが慌てた様子で言った。その声でとっさにコースケも時計を確認した。今すぐ出発しないと授業開始に間に合わない時刻だった。
3人はHALを格納庫に残して、講義へと急いだ。
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