寒凪な空

「かいと」

「んー?なあに」

「飯、ここに作っておいてあるからな·····じゃあバイト行ってくるわ」

「うん。いつもありがとう。行ってらっしゃい!!」


 両親との対立から、三ヶ月。

 慧桜さん、、アスカに相談したら

「·····だったら、俺ん来るか?ほら、俺、ひとり暮らしだし·····今より周りの目は気にならないだろう」

 と言ってくれたので、お言葉に甘えて居候させてもらってる。


 居候、なんて言うと

「居候の割には、家のことしてくれてるし·····同棲、なんじゃね?」

 って照れながら言ってたなあ。あの時のアスカ、可愛かったなあ、と思い出す。


 この三ヶ月で、ボクのは一気に変わった。

 まず、すぐに学校を退学した。

 ボクのことを肯定的に思ってくれているお姉ちゃんが、

「あんなとこ、行く必要ないわ!」

 と言ってくれたので、ひとりでもそう言ってくれたことが嬉しく、快く退学できた。

(音信不通のため、両親には、未だ話していない)

 それから、アスカの家に住み着くようになった。

 今までよりも、一緒にいられる時間が大幅に増え、ボクが来たての時は、些細なことにアスカは感動し喜んでいた。

 敬語もプライベートでは外せるようになり、最近では呼び捨てで呼べるようにもなった。

 それから、一緒に住んで、一緒に過ごす時間が増えて、分かったこともある。


 気が緩むと太りやすい。

 料理や洗濯ができるなど、家庭的である。

 ダニにやられやすい。

 家事は、どちらかの負担にならないように分担制にしたがるところ。

 ニラがとにかく大好き。

 部屋着のジャージが似合いすぎ。

 寝る時は、唇や喉が乾燥しないようにマスクをして寝ている。

 そのマスク姿も、やっぱりカッコイイところ。

 スーパーの買い出しなど、車を運転する時はサングラスをする。

 駐車する時は、助手席に腕を回して後ろを確認してるところ。

 その時、めちゃくちゃ距離が近くてボクがドキドキしてることを知らないこと。

 お酒を飲むと、ボクの好きなところをいつも以上に言ってくれるところ。

 しかも、毎回好きなところをあげる場所が違うところ。

 シャイだからってボクが寝てる隙にたくさんキスしてるところ。(きっと本人は気づいてないんだろうなあ。あれ、意外と拷問なんだよ?知ってた?ボクからも、ちゅーしたいのに、ずっとされるがままで、寝たフリしてなきゃいけないんだもん。)


 こうやって、この同棲生活を振り返ると幸せなことがたくさんで、愛されてるなってたくさん感じられて、同棲して良かったなと思う。


 それから、三年後。

 今日は、ボクの誕生日なだけあって、ボクの大好きな料理がたくさん並んでいる。

「誕生日おめでとう·····やっと二十歳だな」

「ありがとう!!」

 ワインで乾杯をする。

 初めてお酒を飲む時は、アスカと一緒にと決めていた。

 さすが、アスカがチョイスしただけあって、とても美味しかった。

 初めて飲むお酒が、このワインで、アスカとで良かった。


 あれから三年。両親とは未だ音信不通だけど、お姉ちゃんとは頻繁に連絡をとっている。

 いつだか、お姉ちゃんにアスカを会わせた時、両親の分までと言うようにオーバーなほど祝福してくれた。

 そして、アスカは大学を卒業し、就職した。

 就職先は、お姉ちゃんが勤めているJobRainbowで紹介された会社だった。

 この三年は公私共に充実していた。


「·····これ、プレゼント」

 そう言われて、テーブル越しに紙袋を渡される。

 受け取ると、中にはキレイにラッピングされた箱が入っていた。

「開けてもいい?」

「もちろん。開けてみて」

 そっと取り出し、ラッピングをキレイに外す。

 中から出てきたのは、腕時計だった。

「何か最近、腕時計の調子悪いって言ってたから」

「え、すっごい嬉しい!ありがとう!!」

「おう。どういたしまして」

「今、つけてみようかな!」

「つけたげるから、おいで」

 と手招きするから、イスから降りてアスカの方へ行く。

 いつだったか、ペアリングを買った時のように、優しく手を取り腕時計をつけてくれた。

「·····うん。めっちゃ似合ってる」

「ほんと?嬉しい!ありがとう!!」

「喜んでくれて良かった·····なあ、それとは別に用意してるものあるんだけど·····」

「え、なになに!」

「ちょっと、待ってて」

 と言うと、寝室へ行ってしまった。

 ガサゴソと音が聞こえる中、何だろうとワクワクしながら待つ。

 しばらくすると、右手を隠しながら戻ってきた。

 割と深刻そうに、ふーと深呼吸をしてから口が開かれる。

「·····川合夏糸さん。」

「·····はい」

 こんな改めて言われると、さっきのワクワクは吹っ飛んでしまい、緊張で背筋を伸ばす。

「俺と、結婚してください」

 突然のプロポーズに、驚きか嬉しさか、あるいはどちらもなのか、涙が頬を伝った。

 右手に隠してたものは、左手でパカッと開けられた。

 あの時のペアリングに負けないほど、輝いた指輪がそこにあった。

「えっ、と·····よろしく、お願いします」

「良かった·····婚姻届、出そうな」

「うん!プロポーズがボクの誕生日だったから、入籍の日はアスカの誕生日にしよ!アスカの誕生日まで半年あるし、色々準備も出来るしちょうど良いよね!!」

「ああ。そうしよう」


 一月七日。

 今日は、アスカの誕生日!!

 この日が、この半年間ずっと待ち遠しかった。

「二三歳おめでとう!!」

 ボクの誕生日は、アスカがワインを贈ってくれたから、今度は、ボクがアスカにワインを贈った。

 お昼からワインは、ダメだったかな·····

 夜に渡せば良かったかな·····と思いつつ、もう贈ってしまったので、今さら返してなんて言えない。

「ありがとう」

 カチンと音を響かせ、一口飲む。

 この半年間、バーへ通い、美味しいワインを探しに探して見つけたワインだ。

 アスカにも合うと良いけど·····

「ん。美味しい」

「良かった!!」

「おう。ありがとうな·····昼飯、食い終わったら役所、行くか」

「うん!」


 役所に着くと、カップルが何組かいて、とても幸せそうだった。

「二五一番の方どうぞー」

 呼ばれたので、ふたりで窓口へ向かう。

「婚姻届を提出したいのですが」

 アスカが女性職員へ話を進めてくれた。

「かしこまりました。」

 職員の方が、内容を確認していると、だんだん顔が険しくなっていった。

「申し訳ありませんが·····憲法、民法の条件に満たしていませんので受理できません」

 と返却されてしまった。

 ··········おおかた、分かってはいたけど、こうやって実際に言われると、ボクらは法的な夫夫ふうふになれないんだなと実感してしまう。

「すみません。お手数をお掛け致しました。」

 ぺこりと頭を下げ、そう言うアスカの表情は決して明るいものではなかった。


 役所の帰り道。

「··········婚姻届、不受理だったね」

 口調では、明るく言ってみたが、それだけで気持ちが救われることはなかった。

「·····うん。そうだな·····帰り、どっか寄るか」

「アイス!アイス食べたい!!」

「こんな真冬にか?」

「ええ、だってアイスは真冬でも美味しいじゃん!!ねえ、ワーティサン行きたい!!」

「そこまで言うなら·····行くか!」


 ボクらは、これからも、こうやって寄り添いながら生きていくのだろう。

 たとえ、ボクらをよく思わない人がいても、法的にボクらの関係が認められなくても·····ボクは、それでもアスカと共に生きると決めた。


 いつか、同性婚が認められる日が、来るように。

 少しでも理解が増えるように。

 少しでも受け入れてもらえるように。

 そう、願いながら。


 アスカと手を繋ぎ、見上げた空は

 まるで、空だけが味方してくれるかのように

寒凪かんなぎな空が広がっていた。』

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雨リリス みな瀬 @SeaBLue37

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