第73話 行商実習の旅 その2
「せ、先生! 怖ええよ!」
「だ、大丈夫っすよね?」
「お、おれらここで魔物に食われっちまうのか?」
何が起こったかと言うと……迷った山道で絶賛魔物に取り囲まれ中なのである。
それも真夜中。
月明りさえない真っ暗闇なので敵の姿も判然とはしない。
馬車をさっきから(どごっ!)(どん!)と、素手やら何やらで叩いている音がする。
やろうと思えば瞬滅することはたやすい。
だが……やらない。
なぜかというと、これも『教育』の一環だからである。
商人、それも行商人ともなれば、こういったケースは大いにあり得るわけで、生徒たちには『この世界の危険』というものをしっかりと認識してほしいのさ。
「ああ、大丈夫だ。問題ない。このキャ……いや馬車はちょっとやそっとでは壊れん。安心して寝ろ(せいぜい怯えながらな)」
「ほ、ほんとに大丈夫?」
商人見習いのような15歳前後の生徒たち…… まともな武器も身を守る技術もない。あったらとっくに騎士科とかにいってるだろう。
馬車が襲われているとわかってなお、それを無視して悠々と寝れる奴は将来有望だな。
外見からはとても想像できない内部の広さに、乗った当初は大喜びしていた10人であったが、今やこの世の終わりかと思うくらいガタガタ震えながら、無理やり馬車の隅で毛布にくるまっているのだ。
まあ、頑張れ! これも修行だ。おれ流の実習、楽しんでもらえたら幸いだ。
一晩中うるさかった音が明け方にはようやく収まった。
震えあがって寝るのも苦労していた生徒たちも、いつの間にかスヤスヤと寝息を立てている。
さて、ちょいとお仕事かな……
こっそりと朝もやの中、馬車から降りると、馬車の周りには多分ゴブリンと思われる奴らがぶっ倒れていた。
その数100は優に超えてる。
よくもまあ集まったものだと感心する。
そいつら全員をせっせと縛り上げたんだが、さすがに疲れたぜ~!
「あれ?先生? もう起きてた?」
「ああ、おはよう」
寝ぼけ眼の生徒数人…… 馬車からおりてまさに全員絶句!
昨夜の馬車を襲っていた犯人が、目の前で100人以上が縛り上げられているのだ。
「せ、先生…… これって……」
「ああ、昨日襲ってきた奴らだな。疲れ果ててぶっ倒れてたから全員おれが縛り上げておいた」
ゴブリン100体以上…… 一般市民からみたらガクブルもんであろう。
「こ、これ……どうすんの? 先生」
「ああ、まあ任せろ。それよりお前ら腹減ったろ。今朝食準備してやる」
「は、はい……」
いきなり姿を見せたおれの行商用馬車にびっくりする10人。
「ほえ! ど、どこから……」
「魔法収納? でもこんなデカいもの入るわけが……」
おい! なんかエロイ事いってんじゃねえよ…… いや、すまん、ちょっと欲求不満が溜まってるみたいだ。
冷凍タイプの具入りラーメン(スープ付)を鍋にどんどこいれて順次温めていく。
出来た順に全員に食わせていく。
「う、うめえよ、先生! これ、どこで買ったの?」
「都でも食べたことない」
朝ラーってやつだ。喜べ。
「ああ、これはおれ独自のルートで仕入れたもんだから。ちなみにおれしか手に入らん貴重品だ」
「ええ! 先生って何者? どうやってそんな独自ルート手にしたんすか?」
「ああ、それは企業秘密ってやつだな」
「き、きぎょう? きぎょうってなにさ?」
「商人の秘密なんてそれぞれが皆持ってるってことさ」
「「ほ~……なるほど」」「「ふ~ん……」」
「ぐぎゃ!」「ぐぎゃぎゃ!」
どうやら100体以上のゴブリンどものお目覚めの様である。
「せ、先生! こいつら起きちまったよ!」
「ど、どうすんのさ?」
「み、皆殺し?」
生徒の前で残虐シーンなど見せるか! そんなつもりなら昨夜のうちにサクッと殺してる。
「お前ら、皆で手分けしてこのパンをゴブリンどもの口に放り込んで来い。こいつらにも朝飯食わす」
「え! こ、怖い!」「やべえよ!」「襲われたら……噛まれたらどうしよう……」
「魔物にも朝飯って……先生、ぶっ飛んでるわ……」
どこまで臆病なんだ、お前らは…… 手も足も出ないよう縛り上げてるゴブリンにそんなにビビッてちゃあ、これから世の中生きてはいけんぞ?
「早く行って来い! 一人10体ノルマでちょうどいいじゃねえか」
「「「は、はひ~!」」」
おれが用意したのはコッペパンが100以上。
全部に『調教魔法』を付与した『オリジナル新製品』なのだ。
ちょうどいい実験体になってもらおじゃないかという訳だ。
くくくっ! うまくいけば、今日からおれは『ゴブリンの王』だぜっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます