第33話 春季攻勢 その1

「いや~、朝風呂、朝酒、朝寝っていいなあ。今のおれには、財産つぶすことはあり得ないし」


「そうじゃの……」


「ん? ってなんであんた、いやレイティシア様が居るの? バカなの? ここ男風呂だよ?」


「ああ、貸し切りの札下げてきたから心配無用じゃ! あとでマーガレットも来るぞ!」


「何!」


「やっほ~! お兄ちゃん! でっかいねえ、お風呂!」


「お邪魔します」


「ぶほっ! ソフィアまで……」


「いいではないか。皆気心知れた仲じゃろ?」


 ま、まあ……だが……混浴はないんじゃね? おれは良いけどさ。


「敵連合の春季攻勢までには、まだ時間があるじゃろ。今のうちに命の洗濯をしておかねばの」


「そうそう! お兄ちゃん、気にしすぎ!」


「わたしは、キンタ様と一緒に風呂に入れて幸せです~」


 これでもこの国では、ソフィアは鬼教官とかいわれているんだぜ? 信じられるか?


「こんにちわ~」


 はあ…… イブ……お前もか……


「ふん! せっかくだから来てあげたわよ」


 ミランダ……おれは頼んだ覚えはない。


「酒でもださんかい、キンタ殿」


 ああ、はいはい…… すいませんね、気が利かなくて!


 子供には冷たいジュース。大人には主にジョッキの生ビールが朝風呂定番だ。

 夕方から夜にかけてならポン酒冷で、だけどね!


 風呂から上がったら……そりゃあ、コーヒー牛乳かフルーツ牛乳さあね。


「美味い! 美味いのお、キンタ!」



「美味いのは良いですけど、関係各所準備万端なんですよね?」


「心配無用じゃ。お主より優秀な者たちが、既に準備を終わらせておる。後は奴らが来るのを待つだけじゃ」


 はいはい、申し訳ないです。どうせ役立たずで~!



 この国の運営に関しては、おれはあくまでもアドバイザー兼お抱え商人であるのでほとんど口は出さない。アドバイスするだけだ。


 この国のトップで解決できそうもない案件に関しては手を出すが、それ以外は気楽な居候のようなもんだ。ご隠居様と言った方がわかりやすいかもしれん。


「おぬしの得た情報通りならば、なんの問題もありゃせん。それに猫ちゃんたちの情報網でも裏付けが取れておるのでな」



 かつての王国の第二王女であったレイティシア様は、今ではこの国の文官のトップである。以外にも書類関係や情報処理の手際の良さが際立っていたのだ。

 将来はこの国の指導者として立てるかもしれない。


 武官のトップは以外にもソフィアが適任だった。

 立場的には将軍職と言えなくもないが、彼女自身はあくまでもおれの護衛。たまに鬼教官というのがしっくりくるらしい。

 この国では全ての武器の扱いの、もっとも上手い軍人と言えなくもない。


「もう、早く来てほしいですね」


 なんでかおれの股座に鎮座しているイブさんである。

 そこ……当たってこそばゆいから勘弁してほしいんだが……


 このイブさん、実年齢は50代の魔法使いで、共和国内に設置した『学園』の初代校長である。

 学園では、一般教養を必修として騎士科と魔法科の二つの科におよそ300人ほどが修学中である。

 人口1万を超える都市で300人規模の学校しかないというのは、少々問題だがまだ始まったばかり。なので卒業生を将来教員として採用する案が決まっている。

 もちろん、実力次第で絶賛教員募集中です。


 共和国の理念は、おれの意見が大きく採用されたようだ。


・種族による差別撤廃と多種族国家としての合議制の採用

・奴隷制度の不採用・廃止及び奴隷商人の入国禁止

・殺人、強盗その他の罰則規定の強化

・教育の充実化

・職と食、住居に関する公的援助の強化と戸籍登録の徹底

・難民への手厚い保護と偽装難民の取り締まり強化


 合議制だけでは、緊急時に意見がまとまらないこともあるため、任期制での執政官制度の導入も検討中である。


 近い将来には『憲法』を策定することも決まっている。


 まだまだ問題は山積みだが、目下のところ国家運営は順調なようだ。


「明日の夕方、戦略会議が開かれる。その席には必ず出席するのじゃぞ?キンタ」


「へいへい……おっしゃるとおりに……」


 おれが唯一頑張ってこの国のトップに教えたことは、『戦略と戦術』思想である。


 この国の行く末と、紛争時の部隊の戦術的運用方法を徹底的に叩き込んだのさ。


「今夜は久々におれの別荘で大宴会でもやるかあ!」


「それは愉しみ!」「キンタの手料理……」「美味い酒……」


 一大決戦前の緩やかなひと時であった。




~帝国国境の砦~


「では、共和国遠征軍、出発せよ!」


「「おお!!!」」


 そのころ……春の雪解けが思いのほか早まったため、帝国と魔国の連合軍8万の内約半分が、前線基地設営のために出発した。目的地まではおよそ2週間の予定である。




「ついにこの時がきたな」


 遠征軍総司令官ネルケ元帥と副指令のシンベエ(元長屋の素浪人)が、進軍する部隊を感慨深げに見送る。


「そうでござるな……なかなか壮観でござる」


 今回の部隊編成は、はじめから攻城戦を見越しての編成である。攻城兵器はばらして運び現地での組み立て予定だ。


 前線基地に到着後、直ちに基地を設営し、その2週間後に総攻撃の予定となっている。

 森の中を進撃するため、対エルフ用の斥候隊の準備も怠っていない。



「必ず奴めを私の前に跪かせて殺してやろう。楽に死ねると思うなよ、よろずや!」


「……」


 よろずやキンタの事に関しては、微妙な心情を抱えるシンベエではあったが、魔国に仕官し敵対したからには仕方がない。命令を受ければ戦うしかないのだと、自分を納得させる元素浪人であった。


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