第31話 【イリュージョン】VS【イリュージョン】

「閣下は、この国だけとは言わずこの世界の戦争という名の『人殺し』についてどうお考えでしょうか?」


「ふむ……軍人であれば上からの命令に従うだけの事。ただし王家の一員として言わせてもらえれば、国が弱小国を吸収して大きくなることは、犠牲はあっても結果的には平和を築くことにはなろうよ」


「それが仮に、王家が犠牲になったとしても同じことが言えますか?」


「その言、不敬罪には問わないでおこう。お昼時の食事での戯言としておく」


「それはありがたいことで。ですが、これは決して避けては通れない問題でしょう?」


「人なり亜人が二人そろえば必ずや喧嘩が始まる。我らはそういう種族なのだよ。キンタ殿」


「だからと言って他国を侵略する理由にはなりますまい。詭弁、というよりも国家を背負うトップの責任放棄といわれても仕方がないでしょう」


「国は基本的に国民を安んじ、繁栄させる義務を負う。ただしそれは自国民に対してだけだ。今のこの世界の考え方は、その域をでていないというのが現状だ。人族、亜人すべてに平和を、などというのは理想論としては結構だが、現実問題としては不可能だろう」


「では、帝国は世界を帝国領とするまで、その侵略行為をやめないと?」


「そういうことになるな。だが、恭順すればそれ相応の立場を約束はできる」


「奴隷と言う名の人々を増やすことが『正義』であると?」


「否定はしない。奴隷制度も経済を動かす大事な要素だ」


「私は、奴隷制度などなくとも世界のトップに立った、経済大国を知っているのですよ。閣下」


「なんとも眉唾な話だな……少なくともわたしは、そんな国があったとの報告を受けていない」


 この世界の国々が他国へと領土拡張政策を行っているのは、あらゆる面で『質より量』を重んじているからである。

 地球上の歴史の中で『量より質』を実現出来た国は、おれの知る限りでは『ヴェネチア』と『戦後の日本』だけなのではないか?


 現時点での領土内の生産性向上政策をとらずに、領土拡大することにより経済規模拡張を安易に求めているからであろう。

 この考え方自体を変えない限りこの世界の紛争は無くならないとみる。


 まあ、それだけでこの世界が変わるなどと、おれも思うほど間抜けではないけどな。


「無慈悲な拡張政策を取らずとも、すべての面において国家の質的向上をなす技、手法、などをわたしが提供できる、と申せば他国への侵略をやめていただけますかね。元帥閣下、いえ帝国第一王女ネルケ様」


「即答はもちろんできぬ。だが……この世界を変える原動力にはなるやもしれん、とは言えるだろうよ…… おっと、食事が来たようだ。食べながら続きを話そうではないか、いや中々楽しい時間だ」


 軍隊、臨時の元帥府で供された食事は一言で言えば質実剛健。悪く言えば味もそっけもない『腹が膨れればいい』といった類の食事であった。


「話は変わるが、かのエルフの村が『共和国』と変貌を遂げた影には一人の『商人』が絡んでいたという報告というか噂があるのだが、その件に関してなにか情報はもっていないかな? キ・ン・タ殿」


 きた~!! これこそがこいつの本題、今日のご招待の目的!


「ほう……それは知りませんでした。同じ商人として国家運営にまで影響を与えられる商人…… わたしもまだまだの様です」


「ふむ……そしてその商人が提供したと言われている『バリスタ』、城壁の素材、エルフたちが新たに使い始めた弓矢など、なにか情報をお持ちなのではないか?」


「ええ、持ってますよ、もちろん。ですがその情報提供の対価に、何をいただけるのでしょうか?」


「春季攻勢に使う攻城兵器の性能と数量……でどうかな? 軍師殿……」


 こいつ…… おれをどうする気だ? それを聞いたらバッサリやる気じゃね?

 まあ大人しくやられるつもりもないが……


 ん? お茶……お茶に睡眠薬混ぜてきやがったな…… 食事に毒が仕込まれていなかったからと安心していたが……


「おやおや……どうされたのかな、キンタ殿」


 ふふん……舐めるなよ? おれに睡眠薬など効かんよ! だけどここは効いたふりをしておこうか。



 『瞬滅王女』の二つ名を持つネルケの持つ唯一の魔法……それは【イリュージョン(幻想)】


 広範囲魔法の一つで、かけられた相手が勝手に幻想の中で自滅していくという効果を持つ。

 多くの戦場で使われた魔法。手を汚すことなく、相手を全滅させてしまうこの魔法一つで、彼女は今の地位まで若くして登りつめたのだった。


 片や、おれにも【イリュージョン】が使える。

 おれの場合は、かかった相手が勝手に己の思う通りに周りが動いているという幻想を抱かせることのできる魔法。


 同じ【イリュージョン】でも効果が違う。


 そして今回、眠り薬の効果に喜び一瞬の隙を作ってしまった女と、眠らされたと思いこませ一瞬の隙をついた男の勝負は、既にこの時点で決着はついていたに等しい。


「薬が効いたか…… さてと第二ラウンド、拷問のお時間だな、キンタ殿。すべての情報を吐いていただこうか」


 おれの【イリュージョン】が既に、己にかけられていることを知らない元帥閣下殿は、嗜虐的どSな表情を浮かべながら、おれを見降ろしているのだった。


「お連れしろ! 丁重にな」


「はっ!」


 どこからともなく現れた帝国軍人によって別室へと運ばれるおれ……


 くくくっ! まあ、せいぜい今のうちに楽しんでいろ、お嬢様元帥閣下殿!


 いざとなればいつでも『転移』で逃げることはできるのだが、情報収集がまだ十分じゃないんだ。


 数十分後……


 別室でおれは椅子に座らされ、後ろ手に縛られた状態で改めてネルケ元帥とご対面である。


「目が覚めたようだな。キンタ殿」


 彼女は、自分の【イリュージョン】を発動。おれにその魔法の効果が掛かっていると『幻想』を抱かされている。


「さあ、しゃべってもらおうか。お前の正体を! どこから来た? 目的はなんだ?」


 さあ! 茶番劇の始まりだ!


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