第30話 帝国国境の砦の商業地区にて
商業地区は、ここが軍事施設なのかと思うほどの盛況ぶりだった。
各種食堂、商店、鍛冶屋、道具屋、防具店、武器屋、それに娼館までもがあるのだ。
いやはや、娼館など宿泊地区に置くべきではないのか?と思ったが、結構昼間っから客(主に軍人だったが)が出入りしている。
「まあ、飯でも食うか……」
おれは適当な大衆食堂っぽい店の暖簾(らしきもの)をくぐる。
「いらっしゃいませ!」
威勢のいい店員の声が心地よい。うん!大衆食堂はこうでなきゃ!
店は、まだ昼時には早いのか、おれ以外の客は…… あ、いた。
ぱつきんの軍服の女性…… 帝国の階級など知らんおれには、彼女の階級などわかるはずもない。
なにやら得体のしれないものを食っている彼女と目があったが、それだけだ。
「おすすめを頼む!」
「はい、かしこまりました!」
まだ幼げに見える店員は可愛げな、おそらくは兎? 両耳がぴょこぴょこと可愛く揺れている。
おお!兎さん! かわええのお……
「お待たせしました~ 本日のA定食です~」
この世界の食べ物は総じて味が薄い。塩が高価であることが原因なのだが、そのせいか調味料というものがほとんど流通していない。
なのでおれはA定食なる、たぶん何かの肉を塩で焼いただけの食い物に、遠慮なく『おろしショウガ』と『出し入り醤油』をかけてなんちゃって『生姜焼き定食』に変貌させる。
ほどなく生姜と醤油のいい匂いが店内にも漂い、うさ耳の店員とたった一人の金髪美人の軍人さんの反応も早い。
「うん! うまそうだ!」
ん? いつの間に?
うさ耳店員さんがおれのテーブルを凝視しているのはわかる!
だがなぜ? 離れた席に居たはずの金髪美女軍人がおれの席の隣に座っているのだ?
全く気配も感じさせないとはどんな達人なんだべ?
「君…… わたしにもその……それを分けてもらえまいか?」
え? 肉ですか? 飯ですか? い、嫌ですよ?
「あ、済まぬ…… 君の使っているその……得体の知れぬものがあまりにいい匂いをさせているものでな……私だけではないぞ?」
ふと気づけば厨房の奥からもコックさんらしき姿がこっちを覗いている。
ふふふ! ここは商売の道……新規顧客開拓できるかな?
「あ、ああいいですよ? どうぞ」
おれの隣に陣取った金髪美人…… 美人というのもおこがましいほどの美形である。
とはいえ、軍人の持つある種の殺伐とした雰囲気がないわけではない。
敵となれば、必ず命のやり取りになるであろうと予想させるだけの雰囲気は十分にある。
「挨拶がまだだったな…… わたしの名前はネルケ。帝国軍の元帥を拝命している」
おっと! 元帥閣下様でしたか~! これは良いものを拝見しました……
何がとは言わない。軍服からはちきれんばかりの2つのメロンさんですよ!
横から見ているので破壊力もすさまじい……
「あ、わたしは旅の行商を営んでおりますキンタと言います。お見知りおきを」
「ふむ…… キンタ殿か……さぞあちこちへ旅をされておるのだろう。食の造詣も深そうだ。どうかな?是非我が屋敷……とういうにはあまりに無骨だが、お茶などいかがであろうか?」
この人…… おれが共和国の最重要人物とわかっているわけではないよな…… ただの食道楽?
「是非、我が家で各地の食についても教えていただきたいな……どうだろうか?」
ここは行くべきだろう。せっかくの誘い……情報収集にこれほどの機会もないだろう。
現在ここに滞在している元帥閣下ならば、春の攻勢のキーマンであることは確定的であろう。
罠にはまった感も否めないが、ここはあえて乗ってやろう。虎穴に入らざれば虎子を得ずである。
「ご招待いただきありがとうございます。喜んでお受けいたします」
「おお!そうかそうか、ありがたい」
「その前に、食事を……」
「ああ、済まぬ。そうだったな。そうしよう」
ひたすら『美味い美味い』を連発する帝国元帥ネルケとの邂逅の瞬間であった。
よく日の昼頃、元帥からの使いということでおれが宿泊している宿に馬車のお迎えが来た。
すぐに大騒動になりかけたが、さっさとトンズラしたので大丈夫だろう。
砦の中とはいえ元帥の宿舎はそれなりに豪華なものだった。
「昨日のお礼と言ってはなんだが、昼食はご馳走させてくれ。最も軍隊の宿舎内だ、大したものは出せないが許してほしい」
どういうつもりでこの元帥閣下が、おれを招待したのかが今一わからない。
よっぽど暇なのか?元帥ってやつは……
「なに、今はここも結構暇と言えば暇なのだ。わたしだけかもしれんがね」
あんたは……超能力者か!
春季攻勢に備えて暇なはずはない。遅くとも3か月後には大攻勢が始まるのは明らかなのだ。
「食事が運ばれるまでに少しいいだろうか? キンタ殿を見込んで色々話を聞きたいのだ」
やはり『情報収集』……向こうは向こうで抜け目がない。 可能な限り情報を集めたいのだろう。一介の行商人とはいえ、各地を回っているのならば得難い情報を持っているかもというのだろう。
「わたしにわかる事ならば……」
「ふむ……情報内容によってはそれなりの礼もいたそう」
狐と狸の化かしあいと言えなくもないが、商人としては一方的な情報搾取されるのは避けたい。
「先日の、エルフの村で初めて公開されたらしい新兵器についてだが……」
おいおい! いきなり軍事情報からかい? ここは無難な話題からだろうが!
「……どこまでお聞きで?」
「バリスタと呼ばれる、通常の矢の2倍以上の射程と威力を誇るというくらいかな。数は把握していない」
「おおよそ間違っていないかと……ただ、数に関して言えば100台はあるらしいです」
おれが提供したんだから間違いないわ。
「なに? 情報部の報告書では20台ほどだと聞いている」
「これは元帥閣下らしからぬ見解かと…… 城塞は東西南北、各所に20数台となれば100台も満更の数字ではありますまい」
「なるほどな…… 我らの前回の攻撃は1方向からだったらしいし、あり得る話だ」
「ところで春季攻勢の司令官は閣下が?」
「……まあ、隠したところでしょうがない。現にわたしは最前線にいるのだからな」
「総戦力…… 教えてもらえないでしょうね?」
「いや構わんぞ。どうせすぐにばれる。砦の行き来する人員数や資材、食料の購入量を調べればすぐにわかることだ」
「わたしの予想を述べてみても?」
「うむ……参考に聞かせてもらおうか」
「総戦力5万。うち攻城兵器多数。攻撃力、防御力向上のための各種新兵器開発中。詳細は超極秘」
「むう…… とても一介の商人とは思えぬな、その情報収集能力……」
「それと……対ドラゴン戦闘用の隠し玉……」
「ぬ! おぬし…… だれに聞いたのだ……その情報……」
「商人の情報網を侮ってもらっては困りますよ、閣下」
ドラゴンで3千の部隊瞬滅させたドラゴンライダー……龍騎士たるおれが言うんだから間違いないぜ! まあ、おれに商人の情報網なんてないけどね。
「払っていただけるものいただければ、とっておきの情報を提供しますぜ、元帥閣下殿」
帝国元帥とのはらの探り合いはまだまだ続きそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます