第16話 軍靴の音が忍び寄っています

「あ~……テステス! キンタ殿、聞こえますか?」


 おれとソフィアが、馬車など使わずに街道をぶらぶらしていると、エルフの集落の族長からスマホに連絡が入った。


「ああ、聞こえるよ、族長さん。なんかあったか?」


「魔族の先遣隊がおよそ100匹ほど来たんで撃退してやりました」


「大丈夫だったんかい!」


「おかげ様でというか、キンタ殿から購入した弓が優秀すぎましてな。我らが製作した矢で十分対処できましたわ」


「先遣隊ってことはこれから本隊が来るかもってこと?」


「おそらく数日中には、と予想しております」


「戦力的に難しいと思ったらいつでも連絡くれ。すぐに引き返すから。武器も後払いで大量納入させてもらうっすよ?」


「それを聞いて安心ですじゃ。まあもうしばらく娘との新婚旅行を楽しんできてくだされ」


 どこが『新婚旅行』なんだろうか…… おれの背には行商用の荷物があり、隣のソフィアはいかにも護衛な服装でしかない。

 ただおれとソフィアは、おれの魔法で変装はしている。

 

 一時的な目くらまし程度だが、ないよりはましだろう。


 ソフィアは人族。おれは30代にしか見えないしょぼくれた商人といった風情である。


 王国から追手が掛かるようならばさっさと内陸部に逃げるだけだ。

 

 王国の内陸部には獣人の村があるとのことなので、そっちでの情報収集やら行商の機会があればと思っているのだ。


「父上から何度もわたしにも連絡が来ていました。今のところは緊急性は高くないみたいですね」


 族長との連絡を終え、ソフィアと路上に広げた商品を目の前に雑談中である。


「王国はこれからてんやわんやだろう? 帝国と魔国の狙いは王国を吸収することらしいじゃないか?」


「旦那さまの武器がない王国側はかなり苦戦させられるでしょうね」


 エルフには支援をし、王国には支援をしなかったのは単におれの気分である。

 ソフィアが己の身を売ってでも仲間を救おうとしたのに対し、おれに助けてもらったのにも関わらず頭を下げるでもなく、それなりの礼を尽くすでもない、挙句の果てには利用しようという意図がみえみえなだけにおれからは積極的になれないだけだ。


 王国がつぶされようと早い話、どうでもいいのである。

 王国が帝国に吸収されたら、それはそれでそこで商売するだけなのだ。


「そこまで徹底してクールな旦那様…… 素敵です~」


 ソフィアにしても契約中ではあるが、正式に嫁にしたわけでもなく成り行きで一緒に旅をしているだけなのだ。

 


「あんちゃん……売ってる武器はこれだけかい?」


 雑談にふけっていると、冒険者のパーティが商品を眺めては声をかけてきた。


「それはまあ、サンプルです。ご希望にあわせて武器は提供しますよ?」


「このナイフもなかなかいいが、おれは長剣なんでな。あったら見せてくれるかい?」

 

 それ以外にも希望に合わせて『栄養ドリンク』やら『傷薬』等が売れていく。


 商品は大体金貨1枚だが、金の持ち合わせが不足している方は『魔力』でも支払い可能と伝えると、たいていはほくほく顔で買って行ってくれる。


 その場合はあくまでも当人の『1日分の魔力』である。

 多くても少なくても平等ですな。


 おれが損をすることはめったになく、トータルでは大幅な黒字の毎日である。


 たまにおれたちの目の前で『万引き』する奴はいる。そういうのは大抵ソフィアが捕まえて袋叩きにして、強制的に魔力もいただいて放り出す。


 王都の危機情報が伝わっているのか、商品購入しては皆、王都方面へと去っていく。

 帝国との戦争で一旗揚げようというのが多いのだろう。




~帝国&魔国トップ会談~


「我が魔国軍の先遣隊が、間もなくエルフどもの村々と王国の斥候隊と接触すると報告を受けた。すでに本隊突入の準備は完了している。貴国もいつでも進撃できるのであろうな?」


 魔国の王、すなわち魔王と帝国皇帝の会談である。


「もちろんじゃ。既に国境地帯にはわが軍は準備万端じゃ」


「王国をつぶした後の報酬…… いいんだろうな?」


「取り決め通りじゃ。帝国は王国の領土、そちらは例の物……」


「それがわかったいるならいい。でなければあり得ぬ同盟だからな」


 本来、人族の国と魔族の国が手を組むことはあり得ない……今まで通りならばだが。



*****


「と、よろずやのあんちゃん! ど、毒消しはもってねえか!」


 30代に見えるように変装しているんだが、それでも『あんちゃん』っていうのもどうなんだか……


「どうしました? 何かお困りでも?」


「あ、ああ、この先の小さな村が『キラービー』の大群にやられてほぼ全滅なんだ。おれは助けを呼ぶために王都に向かっているんだが、お前さんをちょうど見つけたんで声をかけたんだ」


「何人くらいの村ですか?」


「およそ200人ってとこだ。ほとんど獣人の村だ」


 なぬ! そりは助けねばなるまいて! モフモフは全人類の宝ではないか!


(この世界では獣人は2等人種として扱われているので『宝』というのはキンタのみの認識である)


「行きましょう! わたしの持ち物で役に立つかどうかはわかりませんが」


 おれの用意できる『毒消し』って…… せいぜい『キン○ン』とかの虫刺され用塗り薬程度だけどね。使わんよりましだろうし、この異世界補正も少しは期待できるっしょ?


 さっさと店じまいをして、おれとソフィアは男に案内されて、件の村へとほどなく到着する。


 その村の一番大きな集会場やら教会の建物の中には、顔やら身体中が腫れて今にも死にそうな状態で苦しんでいる『猫耳』やら『うさ耳』やらなにやら……


 ゆ、許さん! キラービー!


「は、はやく薬を出してやってくれ、よろずやのあんちゃん……」


「キンタ様…… 」


 おっと、すまんな…… ついテンション上がっちまった。


「あ、すいません。じゃあこれ……とにかく腫れているところに塗りまくって、いや、ちょっと効くかどうかどなたかで試しましょう」


「お、おう…… ならこっちの村長さんから頼む。かなり重症なんでな。ほっといたらやばい」


 村長さんの腫れ具合はすさまじく、猫族がカバ族かと思われるくらいに全身が肥大していたわ。


「ちょっと沁みるかもですよ~」


 いやかなりの刺激だろうな……おれなら拒否しそう……


「まずは手から……」


 キン○ンを一気に、肥大化した左手に塗っていく。


「ん? お? いけるんじゃね?」


「効いてます!効いてます! キンタ様!」


「うお~! なんだ~? 塗った後から腫れが引いていくぞ、これ……」


 比較的軽度な患者たちもわらわらと集まってきた。


「ひ、ひ~~~~~!!!」


 当の村長さんは、悲鳴を上げている…… ちなみに村長さんは猫族の女性である。

 沁みるのはまあ勘弁していただきたい。


 そして顔と身体中…… となれば大事なあそこも? などと妄想激しいおれである。ばれたかな? ちらりとソフィ嬢の顔を覗くと、にこりと意味不明な笑顔が……

 まあ、いいか……


「キンタ様……女性の方はわたしが担当します。比較的元気な方にも手伝っていただきましょうね。男性の方を頼みますね?」


 あ、ばれたか…… さすがに男のおれが女性の秘部に塗るわけにはいかんよねえ…… あと胸とか胸とか……


 結局全員の治療を終えるのは、朝日が部屋の窓から指すころとなったわけだが、これで終わりではない。


 元凶であるはずの、キラービーの巣を叩く必要があるのだ。


 がんばって、後払いでいいから村人皆さんからの報酬を期待しようかねえ。





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