第8話 馬車とは名ばかりのキャンピングカー

 どうにもやっかいそうなことに、首を突っ込んでしまったおれである。

 さっさと無視して立ち去ればよかったのだが、元日本人のお人好しを舐めるなよ! と一言。


 全属性ありの『魔法使い』のおれには、気配遮断はお手の物だ。

 誰にも気づかれずにオークを瞬殺することも可能だったりする。


 ところであのくっころさんは、武器失ってんのに救援っておバカなんでしょうか……


「あ…… 武器……ない……」

「ミランダ……おま……」


 ああ、残念な女騎士さんだったようですな。


 援軍を呼びに行ったはずのミランダさんが、戻ってきたと思いきや武器無し援軍無しとわかった騎士団長は、急いで近くにあった剣をミランダさんに投げ渡した。


「団長! す、すみません……」


「説教は生き残ったらだな。覚悟しとけ!」


「は、はい……団長の説教……」


 おまえ…… 目の前のオークより団長の説教の方がこええのかよ……


 半分に分かれたオークの集団。それでも各自が1対5…… 

 まあ、勝てませんわな…… あの団長さんなら可能だろうが、既に瀕死なのだ。

 馬車を残して全滅の未来しか見えませぬ。

 

 それでも騎士と名の付く人種だ。少しの間だけも時間稼ぎしてくれ。


 気配を絶っておれが近づいたのは、転倒している王家のものらしい馬車である。

 斜めに傾いたドアを開けると中にはひとりの少女が気を失っていた。

 気を失っていてくれた方が何かと扱いやすいので助かったぜ。


 騎士団の二人が戦っている間に、おれは少女を抱きかかえたまま戦場から離れた場所で再度おれの馬車を呼び出し、その馬車の中の簡易ベッドに彼女を寝かせる。


「よし! 脱出だな。しゅっぱ~つ!」


 一気に馬車を加速して、2人の騎士に近寄る。


「おい!逃げるぞ! 掴まれ! ダメだったら死ぬ気で走れ!」


 突然見知らぬ男から声を掛けられ戸惑う団長……


「キ、キンタ殿!なぜ!」


「話は後だ! 馬車の中の『要人』はこの中だ! 急げ! おれは止まったりせんぞ!」


「くっ!」

「ミランダ! 後で聞かせてもらうぞ!」



 高速で駆け抜ける馬車に、軽業師のように掴まる騎士団の二人。お見事だねえ……よかったねえ、オークに殺されずにさあ。

 遺体は生きて帰れたらの物種さあね。


 おれたち4人を乗せた馬車は、来た方向とは反対側へと駆け抜ける。


「一体全体この馬車はなんなんだ……いや、すまぬ。助けてもあって名前も名乗らなかった。わたしは王国騎士団団長のローガンと申す」


「よろずやキンタです」


「……キンタ殿、なぜ助けた……」


「たまたま通りかかったらあなた方が居ただけです。お気になさらずに。慈善事業みたいなもんです」


「ほう……慈善事業…… それにしてもこの馬車の中と言い、なんちゅうスピード……それに揺れがほとんどないぞ」


「まあ、魔道具の一種と思ってください」


「なんと!魔道具であったか…… これはもう国宝級じゃな……」


「ん? ローガンにミランダ? ここはどこじゃ?」


「おお、姫様…… いえ、レイティシア様、お目覚めですか」


「レイティシア様、ここは馬車の中です」


「馬車? わらわの馬車はこのような内装ではないぞ? それに馬車?今は止まっておるのか?」


「いえ、目下高速で疾走中です」


「な? 」


 中二階の簡易ベッドから外は覗けるのさ。


「本当に走っておる……なんなのだ、このスピードは…… ローガン説明せよ」


 ここまでのいきさつを簡単にローガンさんが説明する。


「そうか……よろずやキンタと申したか…… 助けてくれて礼も言っておらなんだ。此度の救援かたじけない」


「いえいえ、わたしはただの通行人ですから」


 ちらりとミランダをみると苦虫をつぶしたような顔をしている。よしよし、大人しくしておれ。


「それでなのじゃが…… このまま行くとわれらの目的地へと着いてしまう」


「送り届けたらそのまま旅を続けますので」


「ああ、そうか…… すまぬ。腹が減ってしもうて頭の血のめぐりも悪いようじゃ……」


 しょうがねえな…… 王族相手にカップラーメンっていうのもな……


「な! どこからこれを!」


 一瞬でテーブルの上に並べられた『幕ノ内弁当』である。


「どこから…… いや……」「……」「温かい……信じられぬ」


 出してすぐ、レンジでチンっすね。


「商人にも秘密はあるのでございますよ?」



 追求するなら追い出す!という意味を暗に込めている。


 腹は減っていたのだろう。その後は黙って3人とも黙々と食べるばかりだ。



「ひゃあ!」


「ど、どうされましたか! 王女、いえ、お嬢様!」


 ああ、あれはおしり洗浄トイレですな…… 知らなきゃびっくりするわな。


 特に異世界でもなくとも、日本以外の国々では驚異の的の『ウ○シュレット』なのだ。

 そう考えると、日本国以外はどこもかしこも『異世界』だったのかもしれないと、食後の緑茶なんぞ飲みながらひとりごちるおれである。


「なかなか気分が落ち着く飲み物ですな、キンタ殿」「……」


「わたしの国の飲み物です。お気に召されましたか?」


「うむ……なかなか良いものを……ありがたい。気分が落ち着く」


「ろ、ローガン! おぬしもここのト、トイレを借りてみろ! 音はなるわ、一人でに蓋が空くわ、温かい湯でお尻を洗ってくれるわ、温風で乾燥してくれるわ……」

 

 王女の権威も何もあったもんじゃありませんなあ……


「ほほう…… 後でわたしも使わせていただきましょうか」


「えっと……ご自由にどうぞ。それと日も暮れましたので、これから野営に入ります。ですが外は危険、雑魚寝になりますが上のベッド二つにレイティシア様とミランダさんがお使いください。それと水がやや足りないですが、シャワー、いえお湯で汗も流せますので順番にお使いください」


 シャワーの使い方でも、あれこれ歓声があがる…… なかなか仰々しい人たちである。

 温水で騒ぎ、肌触りの良いタオル類でまたまた大騒ぎ……挙句の果てにドライヤーの奪い合いである。


 さあ、今日はもう寝ようか。


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