第6話 次の街へと向かいます
~とある領主の館~
「こ、このポーションを販売していたという『よろずや』を今すぐに連れてまいれ!」
「そ、それが…… 数日前にすでにこの街を出たとの報告にございます」
「な、なんだと! そのキンタとかいう『よろずや』を探し出してこないと、この街で『暴動』が起きるぞ!」
「はっ!か、かしこまりましてございます」
キンタが世話になった、猫耳母子たちの住む長屋のあった街の領主と執事の会話である。
なぜにこういう話になったかというと、彼が長屋を訪れる前に取引していた、とある男ルートで手に入れた『栄養ドリンク』が、この街の上流階級の間ですっかり評判になってしまったからだ。
回復薬や精力剤程度の効き目であったなら、ここまでの騒動にはならなかったはずである。
いや、それだけでもかなりの騒動にはなっていただろう。
ではなぜ『暴動』を心配するほどの騒ぎになったかというと、キンタのもつ『栄養ドリンク』を飲んだ上流階級の女性たちが軒並み『若返って』しまったからである。
本当に若返ったのかと言われれば、年齢で5年も10年も若くなったわけではない。
顔や身体中の皮膚のありとあらゆる皺、しみ等が消え、そして張りがありつややかな状態に戻ったことを知った貴族の女性たちから騒ぎは始まったのだ。
おまけに男性女性を問わず、あの栄養ドリンクを飲んだ夫婦の夜の営みは劇的に改善されもはやあれなしでは夫婦生活に支障がきたすとまで懸念される始末。
さらに問題はそれだけではなかった。
キンタが『試供品』として置いて行った『高額栄養ドリンク(一本3000円相当)』……これが大きな反響というか、大問題となったのである。
とある貴族の第一夫人は、長年の病から今年中もその命は持たないだろうと言われていたのだが、試しにその『高額栄養ドリンク』を飲ませてみようということになったのだ。
今までどんな名医と言われる治癒士でも治せず、どんな高額な薬を処方してもらっても治癒の見込みのなかった原因不明の『不治の病』
完治してしまったから、さあ大変。
当然、薬を持ち込んだ男から、薬の提供者がだれであるかは判明し、今に至るわけである。
「なにがなんでも連れ戻せ! いやお迎えしろ!丁重にだ。でないとわしらの首が飛ぶ」
不治の病から生還した夫人とは…… 王家から降嫁した国王の実の娘だったのである。
*****
「う~ん…… もう朝か? うるさいなあ……」
そのころキンタは、次の街へと向かう途中で野営中でグースカと寝ていたのだが……
夜中に不審な音に起こされたのだ。
さすがに元日本人といえども、深夜、それも危険がいっぱいの野外でいきなりドアを開けるような不用心さはとっくに捨てている。
最初はカンカンと鳴っていた音は、やがてドアを叩くドンドン、ドシュッという音に変わり、外はなにやらがやがやとやかましい。
「なんだこれは! 矢も刺さらん。剣でも斬れん。どうなっておるのだ。それにこの馬……泣き声ひとつあげやがらねえ……ん? 何!」
キン! という音を立てて、仲間の一人の剣が折れて吹き飛ぶ。
「ど、どうなってやがる! 剣が折れるだと? この馬は魔物か! 鉄より硬い馬……」
剣で斬られたところで平気の平左のロボット馬である。
ちなみにキンタ自身は、この馬と馬車の素材は『鉄製』と思っているが、実は『チタン製』だったりする。
なので並みの剣で斬れるはずがないのだ。
「うお! う、動いた!」
突然馬車が走り始めたため、馬車の周りにいた『盗賊』10数人は思わず後ずさる。
「速ええ! なんて速さだ! おい、お前ら追いかけるぞ!なんとしてもあの馬車と中に人がいるかどうか確かめるぞ! 久々のお宝の匂いがするぜえ! 野郎ども! きばりな!」
「「「おお!!」」」
近場につないでいたであろう馬に各自が跨って追いかけるが、自動車の性能を持つ馬車に追いつけるはずもない。
片や機械、一方はただの馬なのだ。
みるみるうちに引き離されていく。
「ふう…… 振り切ったか…… あいつら『盗賊』だったな。くわばらくわばら」
戦おうと思えば戦えるのだが、余計なことは極力避けたいというのが正直なところだ。
「さてさて…… 夜明け前にはまだ時間があるな。こっそりと街道をはずれて林の中を行くか……」
この時のおれの判断が、この後のおれの人生に大きく影響してくるのだが、それはまた後日の話である。
~とある貴族家~
「お、奥様! 」
「あ、ばあや…… わたくしは……わたくしはどうしたのでしょう? 身体がなんだかとっても軽い……」
「お、奥様は、奥様の病気は完治されたのでございます!」
「え? 完治? なぜ? どうやって? どんな高額な貴重な薬を使っても治せなかったのに?」
「ええ、ええ……そうですとも! ですが! ですが、奥様は完治されました。これは主治医の先生も断言されています」
「いったいどうやって……」
「わたしが説明しよう」
ドアを開けて静かに入ってきたのは、まごうことなき自分の夫である。
「あなた……」
「よいよい。せっかく治ったのだ。これからじっくり体力をつけていけばいいのだ。そのまま、そのまま」
身体を無理やり起こそうとした夫人をいたわる夫…… 夫婦の鏡であるな。
なぜ不治の病とされていた己の病気が全快したのか、その理由を黙って聞く第一夫人。
「で、では、その薬を提供したよろずや、いえ薬師の方はこの街を既に発たれたと……」
「ああ、今必死に捜索中だ。だがどこへ向かったのかが定かでない。それに出発してから既に数日。新たに他の街での情報が入ってこないと……」
「商人ならば商人ギルドに問い合わせしてみればわかるのでは?」
「いや、ギルドは自分の所のメンバーの所在地を正確には把握していないのだ。本人がギルドに報告すれば別だが…… 荒野をウロウロされていたら確認しようがない」
「お名前はわかっているのでしょうか?」
「ああ、行商を営む『キンタ』という若い人族の男らしい。大きな荷物をしょって歩いて行動しているそうなので時間さえかければわかるとは思う……」
当のキンタ自身は既に馬車を使って移動している。
この情報の食い違いが、捜索隊の目をくらますことに意図せずに一役を担うことになる。
*****
「今度こそ、やっと朝かあ……」
林の中で朝を迎えたおれは、周囲の安全を確認しドアを開ける。
ん? だれか倒れてる?
未明の朝日の中、馬車の前方でだれか倒れているらしい。
「おい! しっかりしろ!」
何かの罠かもしれないという用心は怠らずに、倒れている人物を抱き起すと見事な金髪美人がぐったりとした表情で言葉を発する。
「み、水…… オーク……オークが……くっ、ころせ……」
おふ…… まさかの『くっころ』さんでしたか…… ご愁傷様です。
身体を覆う金属プレートは返り血がすでに真っ黒くろすけ。
周辺には武器すら落ちていない。武器すら手放さざるを得ない状況とはいったい……
推測するに、オークに囲まれどうにか救援要請のために逃げてきたが、ここで力尽きたというところか……
「お腹が……」
「腹がどうした! ケガをしているのか?」
(ぐ~~~~)
くっころさんのお腹が鳴っている。腹が減ったのだろう。
差し迫った緊迫感を打ち消すような、なんとものどかな『音』である。
おれとくっころさん(仮名)との出会いである。
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