第3話 長屋の住人達 その1

 翌朝、件の猫族の親子のもとを訪れると、昨夜瀕死だったはずの母親は、既に部屋の中を歩けるまでに回復していた。


「ありがとうございました……」


「キンタだ。旅のよろずやです」


「お兄さん、ありがとう! お母さんを助けてくれて!」


「ああ、よかったな(だがお代はしっかりいただくぞ?)」


「なんとお礼をいっていいやら…… 一生かかってもこの御恩は……」


「いや、お嬢ちゃんとの契約だ。それがしっかりもらえればいい」


「でも……そ、それではとても……」


「大丈夫だ。おれは損などしない。これでもいっぱしの商人だから(大儲けさせてもらってるさ)」


「あと9回わたしの魔力でお代を払えばいいんだって! 身体で払う~」


 おいおい……おれがロリコンの人でなしな野郎みたいじゃねえか……誤解されそうな言動はよせ!


「そ、それで本当によろしいのでしょうか……お金は……」


「ああ、金はいらない。金は持ってるやつらからしか取らない主義でね。魔力だけでも立派に商売できてるからさ」


「あ、ありがとうございます……御恩は一生忘れません」


 いやあ、なかなか思った通りの美形猫耳尻尾モフモフの母親だったよ。聞けば年齢は20歳。おれより若くして1児の母親…… まあ、成人が12歳のこの世界では珍しい話ではない。


 ないのだが……22歳のおれが、まだ恋人なし歴22年というのは悲しいお……

 お礼にちょっとだけ、ちょっとだけだから……っていうのは今からでもどうざんしょ?


「せめて、この街に滞在される間の食事の世話だけでも……」


 うん!それはありがたいね!ソウデスネ……ソレガイイ……


「おうおう! よろずやのあんちゃん! ちょっといいかい!」


 玄関から一人のおっさん闖入。


「あ、クマさん。心配おかけしました。もうすっかり良くなりました」


「ダリアさん、よかったなあ。マーガレットちゃんもお母さんが無事でなによりだ」


 ああ、こいつは『ドワーフ』ってやつかいな?


「あんちゃん! おれはドワーフ族のクマだ。この近所で鍛冶をやってる」


 はいはい! ドワーフさんがおれに何用で?

 え? それに玄関にすげえ人が集まってるんだけど……


「いやな、昨日死にそうになってた、ここのダリアさんが全回復したって聞いてな、長屋の住人みんながびっくらこいてるのさ」


 なるほど……そりゃあ、そうだよねえ。


「おれのおっかあ(奥さん)など、幽霊が出たって腰抜かしやがったしなあ。そんでもってそんなにいいよろずやが来てるんなら、ついでといっちゃあなんだが、この長屋の中の病人を診てくれねえかいって話さ」


 この世界の医療は、おれの見た限りではかなり遅れている。衛生観念もなく薬も高額の割りに役立たずで、回復魔法の使い手はそこらに居るはずもなく、いても目ん玉飛び出るようなお金を寄進しないといけないのだ。

 もちろん外科手術などあるはずもない。


「ええ、いいですよ? ただ代金はしっかりいただきますが……」


「そ、それが……金はねえんだが…… 貧乏長屋のおれたちなんかには……」


「お金はそれぞれの『魔力』をいただければ結構です。目安は1日分の魔力が『低級回復ポーション』と考えていただければ」


「お、そうかい! そりゃあ助かる! でもいいのかい? 魔力ったって皆それぞれ違うんだろ?」


「ええ、構いませんよ。多くても少なくても各人の1日分でその値段です」


「それで商売が成り立つって言うんなら、こっちがああだこうだ言うこっちゃねえしな」


「ええ、では早速いきましょうか?……」


「ああ、おれのおっかあから診てもらえるか? 腰痛でそのまんま寝たきりなんでな」


 腰痛も原因はあれこれ考えられるが、とりあえずは『湿布薬』で様子見かな。


 クマさんとおれのあとに続いて長屋の住人がぞろぞろと……

 おれの隣にはなぜか、猫耳っ娘のマーガレットちゃんがおれと手をつないでるし……


「えへへ……お手てつないじゃった!」


 なぜについてくるのだ? 意味が分からん……ま、いいか。ダリアさんも何も言ってこないので良しとしよう。


「こんちは。腰痛ですって?」


「あいたたたた…… ああ、すまんね。よろずやさん。こんなんだから満足な対応もできなくて……」


 こりゃあ、ぎっくり腰っぽいな…… こっそり鑑定でみたらやっぱり【ぎっくり腰】

 安静にしているのが一番なんだが、一応試してみるか……


「腰痛用の湿布薬です。ちょっと冷っとしますよ」


「お、ふっ! ひゃっこい~!」


 腹ばいで寝たままのクマさんの奥さんの左右の腰に湿布薬を張る。


「あ、あれ?」


「ど、どうした! おっかあ!」


「え、えっと……痛みがなくなったよ、あんた……」


 さっきまでうんうん言ってた奥さんが、いきなり立ち上がったのだ。そら旦那はびっくりさあね……


「だ、大丈夫なのか?」


「あ、うん…… ほれ、このとおり……」


「おいおい……まさか、その『しっぷやく』ってえのが効いたんかい!」


「あんた……それしかないよ。あたしが腰が痛いの、演技でもしてたってえのかい?」


「い、いや、そうじゃなくて、そんなにすぐに効く薬なんて見たことも聞いたこともねえぞ?」


 う~ん……予想してたとは言えなんなんだこの『威力』……すげえなおい……湿布薬……


「よろずやのあんちゃん! お代だ、ま、魔力ってえの吸い取ってくれでないかい」


 吸い取ってみるとクマさんの奥さんの魔力量は120。十分ペイしてるよ。


「その…… なんだ……頼みがあるんだが……」


 はいはい、クマさん、今度はなんでげしょ?


「予備にその『しっぷやく』とやらを数枚分けてくれねえか? おれも仕事がらよく腰痛で寝込んだりするんでな……」


「ええ、いいですよ。クマさんの魔力1回分で」


「う、うむ……頼むわ」


 旦那の魔力は250。『湿布薬』をサービスで3回分置いていく。


「1回分サービスしておきました。使い方は……今更ですね」


「お、おう……助かる!」


 では次の金蔓……いやいや、患者さんのとこにいきますか…… 

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