第41話 帝国の災難 と 公国の諸事情

 話は少しさかのぼる。

 帝国の国境付近の砦が、原因不明の鉄腐食によって戦力を大きく減退させた頃……


「一体全体どういうことだ! 軍務尚!説明せよ!」


 名指しされた軍務尚という役柄の小太りな男は、汗を拭きふき皇帝の前へ嫌々ながらも出ていく。


「わたくしにも……さっぱり……」


「これを見よ! なぜわが軍の鉄でできた武器、防具のすべてが腐食してしまったのだ?」


「管理上は全く問題ないはずでございます……」


「ならば、どう説明するのだ!」


 皇帝の目の前に並べられた剣とプレートアーマー、盾などが見る影もなく腐食していることの説明など、この異世界の人間に説明できるはずはないのである。


 ついでにといってはなんだが…… この帝国帝都内で『調査』をするという名目で、これらの腐食されたものを、持ち込んだ軍関係者がいずれ罰せられることになることを、この時点では誰も知らない。


 まさか、これを持ち込んだがゆえに帝都内の鉄という鉄が、ほぼ一か月間に渡ってぼろぼろになるなど想像できるはずもない。


「早急に原因を調べよ! 砦の方の補強はどうなっておるのだ!」


「それが…… 補修のために持ち込みました道具関連もすべてが同様の状態でして……砦は事実上無防備状態でございます……」


「な、なんということ…… 外務尚、公国へは取り急ぎ講和のための使者を送れ! 」


「いえ……皇帝陛下…… すでに使者は送りましたが…… 今回の原因不明の鉄腐食など持ち込まれても困ると、先方から国境を越えることを拒否されております」


「な! なんだと! 商人たちはどうしておるのだ?」


「すべて国境より向こうへの行き来は不可能であります。越境すれば命の保証は出来ないとのこと」


「ぐぬぬ…… ならばどうすればいいのだ…… このまま黙って帝国の凋落を見ていろと……」


「目下鉄に代わるべく材料関連が高騰しております。材木、青銅品、銅、銀、金は言うまでもなく、ただでさえ希少品であるミスリルはもはや天文学的な取引価格となっております」


「どうして……どうしてこうなった…… 我が国は万全を期して、公国とあの憎きパルティア王国を平定できるのではなかったのか……」



 こうして鉄腐食現象が続く中、帝国は他国への侵攻どころか、国内の経済すら危ぶまれる状態に陥っていたのである。





~公国宮殿にて~


 公国とは、現帝国の前王朝時代に公爵として使えていた貴族が興した人口およそ十万人程度の、いわば小国である。


 帝国と王国にはさまれた公国の外交政策は、二大国の軍事バランスを見据えた『こうもり外交』であったのだが、今回はさすがに王国への救援要請を出さざるを得なかったのだ。


 今度という今度ばかりは、帝国皇帝の拡張政策のための犠牲になろうとしていた公国は、結果的に王国に助けられたのだ。


「話を聞いた時は眉唾ものでしたが……」


「こうも策がはまるとはのお…… 王国恐るべしというべきか……」


「王国はどうやって『あれ』を手に入れのでしょうか……」


「ふむ……情報部もつかんでおらんのじゃろ?」


「はい、今まで開発に成功したなどという話はおろか、開発中であるという話もありませなんだ……」


「それにしても、話半分でも信用して正解じゃったの…… 砦にばらまいてからは、一切の流通を封鎖しろと言われた時は、この国も終わったかと思ったものじゃ……」


「はい、おそらく信用せずに封鎖していなかったならば、この国でも帝国と同じ目に会っていたかと……」


「およそ一か月程度で『あれ』の効果は切れるそうじゃが…… まあ用心に越したことはない。もう二週間ほど封鎖をしておけ」


「かしこまりました、閣下」


「ふふふ……帝国にも、もう少し苦痛を味わっていただこうかの……」


「王国の使者の方が数日後においでになられるとか……」


「うむ……せいぜい歓待させていただこう。できれば『あれ』の情報をなんとか得られれば…… これまで見たこともない、聞いたこともない『戦略兵器』じゃからの……王国を怒らせてはならぬな」


「今後は王国寄りの外交政策を推進ということでよろしいんで?」


「そうならざるを得まいて…… 娘の誰かを嫁に、先方の第一王子あたりにくれてやるか」


「かしこまりました。根回しはお任せくださいませ」


「それとな……王国への留学生の数を増やせ」


「情報部の人間を混ぜてもよろしいので?」


「言わぬもがなじゃろう。今後は王国内部の情報収集が優先じゃ。帝国はしばらくほおっておく」


「しかし…… 戦争のやり方そのものを変えてしまうような話ですな」


「『あれ』だけではあるまいよ。他にも何か隠しておるじゃろ、王国は……」


「人が好さそうに見えて『狸親父』ですからな、あそこの国王陛下様は……」



「ふふふ…… 言い得て妙じゃな…… そんな悪口を聞きとがめられて首を持って行かれるでないぞ?」


「あちらが狸ならば、こちらは狐……いい勝負でございましょう?」


「くくくっ! 主を狐呼ばわりか…… せいぜい楽しませてもらおうかの…… 面白そうな時代に巡り合えたようじゃわ」


 宮殿の夜も更けていく……


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