第38話 潜入作戦と戦乱の行方
宰相が提案した内容で、この異世界の人々に唯一理解できた点は、一種の後方かく乱戦術であったことだけである。
だがその内容は、この世界の『戦争』というよりも『武器』そのものを根本的に無力化しかねない、画期的な戦術であったのだ。
おれは、ただの『時計修理職人』である。
だがその変に偏った知識と、無駄な不良在庫は時として『世界』を変革するには十分な、核爆弾なみであったのかもしれない。
その核兵器並みの戦術、いや戦略兵器とは……
バイオテクノロジーから生まれた『鉄腐食菌』 である。
現在のところ、鉄のみ有効とされているが、なんでこんなものをおれが持っていたかって?
そりゃあ、面白そうだったからに決まってるじゃん!
親父は根っからの『職人』であり、新しい技術的なものにはおよそ興味のない男であった。
だがその息子であるおれは、根っからの多趣味人で、少しでも琴線に触れた物には興味を示すという『ヲタク』であったのだ。
今回、パルティア国王陛下から相談を受け、一旦は『ただの職人』であることを盾に、協力を拒んだおれである。
だって、人殺しの手伝いをせよ! と言われて素直に応じる日本人はぞうは多くはないでしょうよ……
その時、ふとこの戦略兵器のことが頭に浮かんでしまったのだよ……
「店長……なんでそんなものまでもってるんすか……」
ケンちゃん……君のいう事はもっともだ…… おれもそう思うわ……
かくして王国は、戦略を決定。第一作戦として、帝国への潜入作戦の実行を決めたのである。
もちろん、その実行部隊は、バルデス騎士団長率いる王国最強の武人集団である……
(注:実際に鉄腐食菌なるものが存在するかどうかはよく知りませんが、あり得るだろうなと…… 実在しないものを書くなっていうのは言いっこなしです。それを言ったら小説書けませんので)
~帝国、侵攻作戦におけるとある重要補給基地にて~
「おい! 補給隊責任者を呼べ! 今すぐにだ! 」
「え? は、はい……どうなさったので?」
「これを見ろ!」
「うわ…… こ、これは……」
男が渡された、この基地の格納庫にあった一本の剣……
手渡される過程でぼろぼろと崩れ去っていく……
「どうなっているんだ…… これが基地内のすべての武器に起こっているとすると、わが軍は破滅だ……」
鉄を腐食する菌というのは、もちろん『もろ刃の剣』である。敵味方関係なく、鉄製品を急速に劣化させてしまうのである。
基幹産業すべてが崩壊しかねない、間違いなく『戦略級兵器』と言えるであろう。
パルティア王国騎士団の数名の精鋭が、帝国の重要補給基地に忍び込むことに成功したのは、十数日前の事である。
作戦だけを考えれば、潜入はしなくとも出入り業者の鉄製品に菌を付着させ、基地内に持ち込ませれば事足りたであろう。だが、戦争回避のための今作戦を確実にするため、あえて格納庫にまで危険を冒して忍び込んだのである。
この異世界に『戦略級兵器』たる鉄腐食菌を持ち込んだユキ自身が知らなかったことであるが、バイオテクノロジーによって発明された鉄腐食菌の生命サイクルは意外と短くて、せいぜいが一か月。
つまり永久に繁殖し続けるものではなく、その点がその後の開発が進まなかった理由なのだ。
とはいえ、一旦付着してしまうとその腐食力は強力で、一か月もの間周辺の鉄製品を役立たずへと変えてしまうのだ。
まず最初に主な兵器である剣と防具が全滅。続いて鍋、釜等の食事に関わるものが使い物にならなくなり、最後には砦のありとあらゆる鉄製品が崩壊した。
見ものであったのは、砦のとりわけ大きな正門が音を盛大にまき散らしながら崩れ去っていったことと、それをただただ黙って見続けるしかなかった、帝国幹部連中の間抜けな表情であっただろう。
数日後に帝国より、公国に対しての停戦交渉が持ち掛けられたことは言うまでもないが、時すでにおそく、帝国本国内でも『鉄腐食菌』が猛威を振るい、帝国民からの救援要請が、公国並びにパルティア王国にも送られたことを付記しておく。
「木製の武器で鉄製の武器持ちをばったばったとなぎ倒す爽快さを、ユキ殿にも見せてやりたかったですぞ! がはははっ!」
潜入作戦の最終段階で、帝国諜報部隊に追撃を受けた騎士団団長以下の精鋭であったのだが、通常であればおそらく自軍部隊は全滅していたであろうほどの戦力差であったらしい。
だが…… 敵の武器は使っているそばから崩れ落ち、鎧はぽろぽろと自然破壊され、王国騎士団員の振るう棍棒の前になすすべもなく倒されていったという。
最新鋭の兵士が、どこその原始人に仕留められていく様を想像していただければわかりやすい。
こうして、一つの火種は永久とは言わぬまでも、当面の危機を脱したのである。
もう一つの火種は、まだ燻り続けていたのだが……
*****
「弟子にしてください!」
かれこれ三日も、おれの仕事場に通い続ける『幼女』こと、春菜嬢である。
今まで甘やかされて育った少女が、初めて直面した『大人』の怒りに触れ、改心したのであろうが……
それはそれでいい。いいのだが、だからといって小学五年生をいきなり『弟子』にするわけにはいかないのだ。
「春菜ちゃん、お母さんとお父さんの了解は得ているの?」
「ぐっ……そ、それは……」
「君はまだ小学生、これから中学も高校も、場合によっては大学も行かなければならない。それをすべて放り出して、おまけに保護者の了解なしに、ぼくが君を弟子にできるはずがないだろう?」
サルでもわかる明快な論理。
「で、でも……」
『でもでもだって』は通用しません。
何度説明すりゃあ、わかるんだよ。いい加減仕事の邪魔してないでとっとと帰りやがれ!
というのがおれの本音である。が相手は小学生、もちろんオブラートに包んで優しく……
「うちの娘がこれほど真剣に頼んでいるのに無下にするとは……一体全体どういうつもり! だから職人風情が……」
出たよ…… クソばばあ……いや母親か……
その職人風情に娘の面倒を見てくれと、曲りなりに頼む母親の態度かってえの!
「お断りします。もう話すことはないんでおかえりください」
「な、なにを「おかえりください!」お客相手に……」
何も買っていかない、修理を頼み来たわけじゃない、どこがお客だ?
ただの時間泥棒だろうが……おれの時間給払ってくれるの?
「ま、またくるわ……今度はパパを連れて……いきましょ!春菜!」
「ママ……」
もう来なくていいよ…… ああ、もう一回引っ越してえ……
「店長……お疲れ様です……」
「あ、疲れたわ……」
この火種……一向に消えそうもない……
事件はこの夜、おれの知らぬ間に起こることになる。
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