第37話 火種が二つ……
「ごめんねえ……店長さん、ケンちゃん……」
朝の定期便で野菜を運んでくれた小雪おばあちゃんである。
なんでおれたちが謝られているかというと、おれの店の奥のリビングを占拠している幼女……
小雪さんの孫なのだそうな……
小学校五年生の、名前は『春菜』ちゃん。
今時の小学生女子というのは、遠慮というものを知らないのであろうか……
「店長…… あれ、どうします?」
「どうしますったって、小雪さんの孫をどうこうできるわけないじゃんよ」
「ですよね~」
居間を占拠している春菜ちゃん、やりたい放題である。
断りもなく、お菓子は勝手に食う、DVDを好き勝手に観るは当たり前、店舗内の商品には手をだすわ、ケンちゃんに抱き着いたはいいが、髪の毛は引っ張るわ、冷蔵庫は舐めまわす、昼寝と称してケンちゃんの布団にもぐりこむわ……
まあ、さすがに四十間近のおっさんの布団に入らないだけの正常感覚はもっていたらしい。
おれとしてはもちろん迷惑この上ない。
それでも日頃世話になっている、小雪さんのお孫さんが里帰りしたということで遊びに来ることまでは拒否できなかったわけである。
だが…… そのわがままもここまでだ。
さすがに職人としての『商売道具』まで手を出されたら黙ってはいられない。
職人の道具というのは、いわば『サムライにとっての刀』である。
(ごん!)
いい音が、春菜お嬢ちゃんの頭から盛大に響く。
「びえ~~~~ん!!!」
予想通りの大泣き…… 速攻で逃げていたったわ!
もう来なくていいぞ、と心の中で叫ぶおれ……
職人にとって、仕事場とは聖域である。
おれはもちろんのこと、職人の仕事場には何人と言えども、自分以外を受け入れるわけがないのである。
ましてや『時計修理職人』の仕事場は精密作業の連続で、一切の埃すらも嫌う職場である。
それは現代でいうならば、脳神経外科とまではいかないまでも、非常に神経を使い、それがゆえにストレスにさらされ、多くの先人たちが『胃がん』のためにその命を落としてきた職業なのだ。
実際、おれの親父も最後は『腹膜性胃がん』のために亡くなっている。
そんな作業場で傍若無人にふるまう人間を、例え子供とて許すわけがない。
というわけで、後日小雪さんが春菜ちゃんを連れて謝罪に来たのだが……
「ごめんなさい」
「ユキさん……本当に申し訳なかったでなあ」
「ふん! たかが職人風情が偉そうに! 何様のつもり?」
若干一名…… 春菜ちゃんのお母さんは、逆ぎれーぜ様でした。
冬休みを利用して娘をつれておばあちゃんのところに帰省したのであろう。
「ただの職人ですが、なにか?」
「だ~か~ら~! ただの職人風情が、なんでわたしの娘に暴力振るったのかって聞いてんのよ!」
「暴力と躾は違いますよ? いっぱしの母親にもなってその違いが判らないとでもいうのですか?」
「ちょっと……○○……」
小雪さんも困惑気味である。自分娘の言葉に言い訳しようもない。
「ぐっ!…… 躾って……あんたになんの権利があって言ってんの?」
「では聞きますが、あなたのお子さんには何の権利があって、ただの職人の命である『道具』を勝手に弄り回すのでしょうか?」
「な、たかが道具でしょう!」
「それを昔のサムライにも同じことが言えますか?それなら今頃、あなたの首はとうに飛んでますよ?」
「う、うるさい! わたしが誰か知ってて言ってんの? あんたなんかパパに言いつければあっという間に抹殺だからね!」
「ほう…… 今度は恫喝ですか……いいでしょう、受けて立ちましょう。あなたのパパとやらを呼んできてください」
しがない、捨てるものなど何もない『職人』には、恐れるものはない。舐めんなよ、職人魂!
「ご、ごめんなさい……」
春菜ちゃんは、申し訳なさそうに母親に連れられて再びご帰宅だ。
今まで大人に真摯に怒られたことなど皆無なのだろう。
母親を見ただけで、これまでの傍若無人ぶりの元凶が想像つくというものである。
もちろん小雪さんは、さも申し訳なさそうに……
「ごめんね、ユキさん…… わたしゃ、娘の教育間違えたみたいだ……」
後日、件のパパとやらがお出ましになるのだが、それはまたもう少し先の話……
~王宮での閣僚会議~
「今回の公国への救援をどうするかだが、この際皆の率直な意見を聞きたい」
集まった面々は、宰相をはじめとしたパルティア王国の幹部全員である。
「救援の騎士団を数個小隊送ってはいかがでしょうか? 名目は軍事顧問ということにして」
「いや、それでは帝国を撃退することは難しい。戦力の逐次投入は最も避けねばならん」
「お言葉ですが……そんな余力は我が国にはありません。それに帝国の総戦力をわかってておっしゃられるか?」
喧々諤々である。
帝国の外征用の総戦力数はおよそ十万人。
それに対し、公国の防衛戦力はおよそ六千人。
そしてパルティア王国の総戦力は二万人である。
数の上では全く勝負にならない。
野戦で迎え撃つなど夢のまた夢……せいぜいが籠城戦しかないのである。
救援要請に応えるか否か……
応じるならば、その戦力は?
まずはそこである。
現在、公国と帝国の国境付近では、小規模の小競り合いはあっても、本格的に戦闘に突入しているわけではない。
だが一旦全面戦争となれば、国境が瓦解するのは誰の目にも明らかである。
であるならば、戦力の増援をするなら今しかないのである。
どのみち国境線は破られる。公国の首都にどれだけ援軍を派遣できるか……
そして帝国の侵攻は抑えられるのかどうか…… 焦点はそこに絞られた。
「わたしは、公国への援軍は一切しないことを提案いたします」
これは、この場の誰でもが理解できる戦略である。
公国を蹂躙し、侵攻してくるであろう帝国軍を、王国の全力でもって迎え撃つべし!
理解はできる。
だが、本当にそれでいいのかどうか……
この場合、帝国を撃退出来たとしても、将来公国領であった住民の反発は免れず、今後帝国とのにらみ合いは、王国の役目となる。
できれば公国を存続させ、帝国への防波堤として利用したいというのが王国の本音である。
ではどうやったら最善手を打てるのか……
「わたしに一つ、ご提案があります」
ここまで一言も発しなかった、パルティア王国宰相エドモンドの一言である。
彼が、この場で発した提案……現代日本でもおよそ真偽のほどを疑うような、驚きの内容であった。
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