第36話 辺境の村の生活……二日目以降

「なあ、ケンちゃん……」


「なんでしょうか、店長」


 おれとケンちゃんは、朝の喧騒から解放されようやく遅めの朝食中である。


「ここさあ……無駄に土地が広いから、畑でもしようかって思ってるんだけど……」


「店長! わかってて言ってます? 人手あります? 今でさえ忙しいのにこの上さらに畑仕事をせえと……どんだけブラックなんですか! 」


「あ、いや、まあそうか……人いないよなあ……そうかあ、単純に自給自足できればと思ったんだけど……」


「店長の考えもわからんでもないです。それが可能なら、少しでもあの常連組の胃袋に入る食料調達が捗りますから」


「そうなんさ……あいつら大食い揃いだからなあ……」


「そこは、この村の皆さんに相談しましょう。いっそのこと支払いは食料でっていうのもありです」


「うん、そういうのもありだね。小雪さんに頼んでみるよ」


 小雪さんというのは、この村の村長格のおばあちゃんである。

 正式な村長さんではないのだが、皆のリーダーさんだ。


 名前がおれと似ているせいか、何かとおれたちの世話をしてくれている、気のいいおばあちゃん。


「ところで、地下室増設計画もだめですね、これじゃあ……」


 人手がなければ秘密基地なんぞ作れるわけもない。


 と普通は思うでげしょ? ふふん!


「いや、地下室は作るぞ、ケンちゃん」


「え? どうやって? 材料や人手はどうするんです?」


 なんとか在庫量を増やしたいおれとパルティア王国国王との思惑が一致して、早急に倉庫の拡張を決めたのだ。


 で、その方法とは…… 異世界営業時間に毎日ドワーフの職人に突貫工事をさせることになったのだ。


 それならいっそのこと元の世界に戻った時でも、作業継続すればいいという話なのだが、職人たちが嫌がったことと、その場合の村人たちとのトラブルを避けたかったからである。


 なんでもドワーフ特有の土魔法使えば、地下室程度なら一週間で終わるのだそうだ。

 

 あとはケンちゃんの設計案を検討してもらって早速『地下秘密基地』、いや地下倉庫をお願いする。


「なるほど~! こりゃあ、こっちじゃあ絶対に無理な話ですね」


「まあな、どっちにも得意不得意はあるってことさ」




*****


「今夜の夜食は何というか……シンプルなのにやめられない……もぐもぐ……お、ふっ! あちちっ」


「これはどんな酒にも会いそうですな、陛下」


「これは……嵌ります……病みつきになりそうですにゃ」


 今宵の異世界営業時間は、皆で鉄板焼き……それも『餃子』と『シュウマイ』オンリーである。


 餃子も野菜餃子と肉餃子、そしてシュウマイも肉シュウマイ、エビシュウマイ、カニシュウマイと一応何種類か用意した。


「この辛さがなんとも言えんのお…… それにこのショーユと申すもの…… 酢を少々垂らせば絶品じゃなあ」


「ユキ殿…… ビールはまだあるんかい?」


「ああ、遠慮なくどうぞ」


 いちいち台所にとりにいくのも面倒なので、小型の冷蔵庫も店のおれの仕事机の脇に置いてあるのだ。


 今や異世界の『重要国策決定会議』とも言えなくもない夜食の時間であるが、もちろん公式の場ではないので、正装してくる奴もいなければ堅苦しい挨拶もない。


 皆、コッコさんの転移魔法で連れてきてもらっている。


「結局ここが王国のどの辺にあるかはわかったんですか?」


 宰相に聞いてみると、王国の最深部にある大森林のなかでも特に奥深い位置にあるらしく、とても人の踏み込める場所ではないらしい。


「魔物が心配ですね、そうなると……」


「店主、それは大丈夫だ。すでにこの店の周りは高さ五メートルの石壁が備え付けてある」


「い、いつの間に?」


「大したことではないよ、コッコにドワーフの連中をちょいと連れてきてもらってささっと作っておいたのじゃ」


「それにここに人の気配が存するのはこの時間帯だけじゃろ? それ以外の時間に魔物も近寄ってくる理由もない。間違って紛れ込む可能性はあるがの…… その時はのお……」


 その時は、おそらく強制転移させられるはずである。 


「それに今は、騎士団長もおる。なんの心配も不要じゃな」



 新型の防具と良く研がれた剣を装備した騎士団の活躍は、このところ目覚ましいものがあるようだ。


 損耗率も減り、移動に掛かるコストダウンが実現、そして戦闘力もアップしているため、そこらの魔物ではてんで相手にならないらしい。


 騎士団の練度も一気に上がったというわけだ。


「そこで、ユキ殿…… 騎士団の一層のレベルアップのためにこの店の隣に騎士団の駐屯地を構えたいのじゃがいいかの?」


 先ほど話に出た石壁の内側は、十分な広さを確保しているとのこと。そこに騎士団を駐屯させる理由は……


 この森林奥地の魔物を狩ることで騎士団の訓練を行いたいのだそうだ。


 おれとしては断る理由はない。警備の騎士様が常駐してくれればこの上ない安心である。


「常駐部隊は基本的に一個小隊。一週間毎に交代の予定じゃ。よろしく頼む、ユキ殿」


 何をよろしくなのかよくわからんが……


 その疑問の答えが判明するのは、もうしばらく後のこと……


 今後を見据えた騎士団のレベルアップ作戦は、こうして開始されることが決定したのである。




「さて…… 今夜の重要案件はそのことではない」


 ん? なんかあったっけか?



「皆は知ってることと思うがの、この国の南方には二つの人族が率いる国が二つあるのじゃが……」


 国王陛下の言葉を受けて詳細を宰相のエドモンドさんが説明してくれた。


「我が国と直接国境を接しているのは、平和国家を標榜するオズワルト公国でして、さらのその南には好戦的な、野心溢れるハンムラビ帝国があります」


 おれは特にこの異世界の地理は学ばなかったので、初耳な話である。


 だって~ 一介の時計修理職人の、それもこの国にとっては異世界人には緊急性低い情報だったし……


「その帝国が先日、公国に属国となれと……まあ聞こえはいいですが、実質的に宣戦布告してきたわけです」


「恐れをなした公国は我が国に救援要請を送ってきたというわけじゃ」


 こりゃあ、戦火への道まっしぐらじゃないですかあ……


「我が国では、公国が破れた場合はおのずとこの国へも侵攻してくるであろう帝国の思惑に従ってやるわけにもいかぬでのお……」


 だいたい、この世界の戦争についての知識と武器のレベルが、ほとんどわからないおれの口出す問題でもないのだが……


「そこでじゃ……」


 なんとなく背中を冷や汗が流れるのを感じたのは、おれだけではなかったようである。


 ケンちゃん、お前もか……


 お互いの視線を見合わす、知らない人が見たら怪しげな男二人であった。

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