第35話 離島の、とある過疎の進んだ村でした……転居先

 おれとケンちゃんのど田舎エンジョイライフ一日目の夕飯時である。


「ところでさあ、ケンちゃん……」


「なんでしょう? 店長」


 それぞれが好きな酒を飲みながら、お隣の(数百メートルは離れているが)おばあちゃんにいただいた芋の煮っ転がしを食いながらの会話である。


「君、ミッキーさんのこと、本当のところはどうなの?」


「あ、、な、何を! また蒸し返しでふか?」


 声、裏返ってるよ、ケンちゃん……わかりやすいやつ……


「まんざらでもないんだろ?」


「え、あ、まあ……なんて言っても……ケモミミに尻尾ふさふさですからね」


 ああ、こいつはやっぱりおれと同類な……



 ちなみに、インフラ関連はなぜかすべて大丈夫であった。ガス、水道、電気、それにインターネットもである。

 携帯電話の事を聞いたら「なんだね?それは」と、隣のばあちゃんに言われたが、試しに使ってみたらちゃんとつながったわ。


 納品は別として、馴染みの問屋さんに連絡できることを確認できたことは僥倖というべきか……




*****


「……というわけで、おれら二人はあっちの世界でも『転居』してしまいました」


「なるほどのお…… 聞くところによれば、あれこれ探りをいれられていたのであろう? ならばむしろ良かったのではないかな」


「確かにそうです。今回のわけのわからない強制転居によって我々の居所は当面知れることはないでしょう」


 おれとケンちゃん、そして深夜の常連組との『餅』を焼きながらの座談会……もとい、重要会議の真っ最中である。


 まあ、まだ正月気分だし『雑煮』でもと思ったわけだ。


「うお~! 伸びる伸びる~」


 うるせえよコッコ…… 


 最近では大変残念な、エルフ族王女と認識されているコッコさんであるが……


 夜食時以外は、そうとうに優秀な方であることはわかっている。転移魔法使いだし。



 なのだが…… まあいい。


「転居した先は、大変な田舎です。ど田舎です」


 大事なことなので二度言いました。


「問題は、商品の仕入れが一番のネックですかね」


「離島のそれもさらに片田舎……なぜかネット通販が使えて配送もやってもらえることはわかったんですが、発注から配達まで最短でも二十日くらいかかる計算です」


「現在の在庫は十分なのだろう? ならば在庫が切れるまでに送ってもらえれば問題はなかろう。ただ、突発的な場合が発生した時は困るな……」


 O157事件のときのように緊急で物資が必要になったときは、どうにもならなくなる可能性は大である。


「商品確保が難しいって……食料は?食料は大丈夫なの?」


 こいつの食い物に対する執着心は……むしろ感心するが、それはきっとおれのせいなのかもしれんな……コッコ……


「それは、今回の転居先である村ではたいていの野菜、肉、魚介類の確保が可能なので問題はないかと……」


 あの、ばあちゃんたちが住む名前も定かでない過疎化の進んだ村の総人口は約二十人。


 それも全員が七十歳越えの老人社会で、なおかつ男手がないというこれまた歪な、ある意味地球上に現存する『異世界』とも言える環境であった。


 上は百歳とか言ってたが、やけに元気溢れるばあちゃんばかり……


 腰を曲げてえっちらおっちら歩いているばあちゃんや、寝たきりになっている人は皆無だと言っていた。


 そして、最も驚いたことが、ばあちゃんたちは皆『セレブ』様だったのだ。


 いや、金をしこたま抱えているであろう、という意味でですよ?


 決して見た目が綺麗とか、魅力的とか、色気溢れているとかって意味じゃないですよ?


 そんな…… 老女までも、とかいう鬼畜じゃありませんて!



「ならば、ここの夜食のレベルは当面大丈夫ということかな(ほっ)」



 なんか方向性が間違ってるような気もするが……陛下……おまいもか……


「よがった~!! ここの夜食はわだしの『命』なのよ~」


 そんな大げさな…… うんうんとコッコの嘆きに頷いてるミッキー嬢もどうかと思う。


「…… であるので、当面の脅威は避けられたというのが結論です。今後は……このまま現状維持、問題発生した場合はその都度対処ということでお願いします」


 要は面倒なことは出たとこ勝負! 大人しくしていようってことです、ハイ……



「そういうことじゃな……じゃが……余もそっちの『ひこうき』や『くるま』『ビルディング』とやらを見てみたかったのお……」


「我も異世界の『武器』をあれこれ見てみたかったぜい……それに精力ざ……こほん……」


 バルデス…… 『バイアグ○』で味をしめて、次は精力剤か?

 注文しておいてやろうか? 一本、金貨一枚な、くくくっ!


「こんなことなら『大人買い』で珍しい商品の大量買い付けしておくんでした……残念ですにゃ」


「もっともっと、いろんなとこでいろんなもの、食べたかった~」


「できればそちらの国の組織や社会の成り立ち、歴史等について学びたかったですね。それと鍛冶を含めた技術も学びたかった……」


 五人の五様の感想である。



「それにしても、お国では年明けにこうも美味いものを食べているのか……信じられんな…… 我らにとっては贅沢すぎるな……」


 この異世界では年が明けたからといって特別なことは何もなく、むしろ皆が仕事を休んでいる貴重なときであるため、普段より質素な食生活なのだそうだ。


「雑煮は美味いと思いますけど、贅沢とは思いませんね…… 正月で手を抜いてはいても身体の事を考えた、先人の知恵とでも申しましょうか……」


「なるほどのお…… 」


 とは言いつつも、雑煮を食べる手を休めることのない面々であった。





~新転居先、ユキの店にて~


「ユキさんや…… この指輪とほれ、ネックレスと言ったかの……包んでくれるかいの」


「ケンちゃん、こっちの腕時計とそっちの腕時計、どっちが似合うじゃろうか?」


「店長! おらのうちだけでなく皆の家の柱時計、壊れて動かなくなってたから持ってきたぞ! 修理頼むわ」


「近々歓迎の宴を催すでな、酒の用意頼むでの……」




 ど田舎ライフ、舐めてたわ……


 のんびりと茶でも飲みながらケンちゃんと二人であれこれ新生活をどうやっていくかしっかり計画立てよう、なんて思ってたんですよ……


 今、おれたちは村人二十人、たったの二十人相手にてんやわんやの大忙しである。


 それも早朝から叩き起こされて……


 やれ、時計が何年も使えなくなってるので直してくれ

 都会の孫に贈り物を送りたい

 酒が足りないので買い付けを

 家の補修を頼みたい

 畑の作業の手伝いなんとかならないか

 新しい流行の服も注文したい

 野菜の煮つけが余ったのでおすそ分け

 うちにお茶のみに遊びに来い

 逃げた飼い猫探してくれ

 湿布薬がほしい

 常備薬をいざというときのために用意してくれ

 村に良い娯楽を紹介してくれ

 腐女子が好むという本を読んでみたいので注文を

 都会に出た息子夫婦が帰ってこないのでなんとかならないか

 おもらしして替えのパンツがなくなった、補充したい

 紙おむつは扱っているか?

 死んだ爺さんの話を聞いてくれ  等々……

 

 大忙しなのである。

 介護施設もここまで忙しくないだろう! というくらい忙しい。


「て、店長…… きっと落ち着きますよね? もう少しすれば……」


「ああ、そうだといいな…… 早く会計頼む! おれは倉庫に行ってくる」


「あ、店長! 一人で逃げないでくださいよ~!」



 ユキの時計修理店、いやもう村の雑貨店(コンビニ)か……


 大忙しの日々の始まりであった。

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