第34話 大森林の中の小さな一軒家……いえ、お店です!

「一体ここはどこなのでしょうか……」


「むう…… 困った……いや、大して困らんか……国内であれば何の問題もないな、王女よ」


「ええ、お父様……問題ありません」


 コッコさんは転移魔法が使えるので、このタイミングでどこかにすっ飛ばされたのは良かったのかもしれない。


 彼女が帰った後に転居していたら、おれとケンちゃんは森のくまさんに食べられていたかもしれんのだ、人知れず……


「転移の魔法は、行ったことがあるところならば、また行くことができます。ですから王城へは戻れますし、ここへもまた来れるというわけです」


「だが…… 常連組はここの所在地がはっきりするまでは、王女様に連れてきてもらうしか手がありませんな」


 宰相もいたって冷静であるので一安心。さっきまで部屋の隅でガタガタ震えていたドワーフ、どこへ行った?


「コッコさん、いえ王女様……わたくしもしばらく、行き来をご一緒させていただいてもよろしいでしょうかにゃ?」


 微妙な、へんなしゃべりかたは緊張しているのだろう。ミッキーさんもモロトフ商会の代表として大事な商機を逃したくないはずだ。


「なんといってもここで夜食が食えなくなったら、このメンバーは全員干上がっちまうだろうからな、がははっ」

 

 騎士団長はぶれない。


「ということじゃ、王女よ頼むぞ」


「はい……では皆さん、よろしいですね?」




 合図とともにあっという間に姿を消す常連組であった。

 また今晩にでも会えるだろう、多分…… これっきりだとは考えたくはない。


「さてと……この後が問題だな……」


「そうですね…… 元の世界でも転居している可能性大ですからねえ」




 やがて大森林の風景が書き消え、おれとケンちゃんが再び見た元の世界とは……



*****


「あんれまあ! いつの間にこんたら家が建ったのかいな!」


 某県某市の辺境の、閉ざされた村の一角に昨夜まではなかったはずの家が建っていたのだ。


 朝の野菜の取り入れに、出向いたおばあさんが驚いたのも無理はない。


「あ、おはようございます……」


 いきなり出現した建物から出てきたのは、四十前の中年男と十代と思われる青少年というべきか……


 ユキ時計修理店の店長ことユキと唯一の従業員ケンちゃんである。



「まいりましたね、店長……」


「ああ……参ったわ……」


「おんやまあ…… いい男が二人もかい! ようこそおいでなされましたなあ」



 突然現れたおれたちを、なんのこだわりもなく新たに転居してきた住人として認識してくれたのだろうか…… いいばあちゃんだな……


「「こんちわ~」」


 人のよさげな、おばあちゃんへは無難な挨拶だけはきっちりしておく。なんつったて社会人ですから……


「店長…… ここってどこなんですかね」


「そんなの、おれにもわかるわけないだろ。聞いて来いよ、あのおばあちゃんに……」


「そ、そうっすね、そうしましょう。すいませ~ん」


「はいはい、なんか困りごとかね~?」


 こんな、見るからにド田舎で物資の補給やせめてネットなんかは使えるんだろうか、と斜め上の思考に頭を悩ます二人であった。







~数時間後~



「そうかあ、したらあんたらは昨日引っ越してきたんやな。商人さんかえ? そりゃあ助かるでなあ。こんたら小さな村には店なんて一軒もないでなあ。月に一度は行商のおじさんが来てくれるけんども、それ以外には街までは車で三時間はかかるでなあ。ああ、そういえば村に車はなかったで歩いたら一日ががりだあ、アハハハハハ」



 車もないんかい、このクソど田舎は……

 いや、それに商人とは言っても、それはおまけのようなもんで……本職は今時需要のない『時計修理職人』です、なんて言えんわ……


「店長…… 仕入れどうします~? それに金貨の両替も事欠きますよ?」


 数人の村のおばあちゃんたちに囲まれ、出された煎茶をズズズッッと飲んでいる二人である。緊張感がまるでない。


 ああ……でもこんなのどかな田舎の生活もいいかもな…… どうせ人生ドロップアウトしたようなもんだし……


「店長……常連組には何て言って説明しますか?」


「あなたたちもここで一緒に田舎ライフ、エンジョイします? とか言ったら怒られるだろうなあ」


「まあ、そうですねえ」


 なんともはや、ふたりは早くも田舎特有のペースに馴染みつつあるのであった。


「とりあえずインフラがつながってるかどうか確認しようか……」


「はい、店長…… それにしても、美味いっすね、この団子…… これ食ってからでいいっすか?」


「ああ、いいよ……どうせ時間はいっぱいあるだろうし…… 暖房だけはなんとかなるといいな」


 真冬にも関わらず、あまり寒さも感じることなく雪が積もっているわけでもない。

 きっとここは、日本国本土から離れた南の島……


 その点だけはラッキーだったのかもしれない。


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