第33話 突然ですが……転居しました
異世界での営業時間外の日中には、おれの店を訪れる普通の客らしき人の数が増えた。
もっともそれは商品購入が目的ではなく、明らかに別の目的で来ているのだ。
商品を眺めるふりをしながら、異世界人の痕跡がないか、はたまた偶然?にでも見ることができないか、ひょっとしてお話を……なんていう奴らばかりなのは丸わかりである。
そういう輩はおれは相手にしない。
余計なことをされないように目を光らせておくだけだ。
万が一に備えて、ケンちゃんに用意してもらったセキュリティ設備はおれの仕事机の下のボタン一つで稼働できるのだ。
まあ、まだ使ったことはない。
日中は、ケンちゃんは買い出しや仕入れに出かけてもらっていることが多い。
間違っても誘拐されては困るので、必ず商店街の信用できるタクシーに送り迎えを依頼している。
そして順調にいろんな在庫は増えている。
時計はもちろんのこと、それ以外の商品や一見ガラクタに思えるものまで…… 今や倉庫代わりの部屋はパンパンである。
「いっぱいになりましたねえ、倉庫……どうします?店長」
「足りなきゃ、おれの部屋使ってくれ」
おれのこの家の部屋数は、店舗とリビングの大広間を除けば残り三部屋。
一つはおれの寝室。一つは住み込みのケンちゃんの部屋。
残りの一つは来客用に空けてある。
倉庫代わりの部屋は別だよ。
「食材もだいぶ減ってきたんで、配達頼んでおきますね」
「ああ、野菜、肉、魚、は出来るものは全部冷凍庫に放りこんでおいてくれ。それと酒屋にもワイン、ウィスキー、日本酒、ビールをダースで頼んでおいてほしい」
「一体ここは何屋?って感じですねえ」
最近では、保存期間を確保するために大型冷蔵庫と冷凍庫を購入したのだ。おかげでキッチンは足の踏み場もないくらい狭くなった。
「ああ、改装してえよなあ、この家も…… いっそ二階でも増築すっか……」
「お、いいですね! でも地下室の方が便利そうです。いかにも秘密基地みたいで」
うん、こいつはわかってる。男のロマンかも…… 地下秘密基地……いや地下室……
「ワインとか酒、味噌、醤油なんかの保管にもよさげだなあ……本気で考えてみるか」
「設計図案だけでも書きますか?」
「え? そんなことも出きるの? ケンちゃん」
「はい!お任せあれ!」
思ったより優秀じゃないか、ケンちゃんや……
~某内閣緊急会議にて~
「報告を聞こうか、防衛省から……」
「は、はい…… 先日、件の店に突入を決行した特殊部隊員ですが……」
翌朝、富士山山頂で発見されたことは前述したとおりである。
「なんともまあ……」
特殊部隊員の情けない姿というのも、可哀想な話だが……
とはいえ、これで『瞬間移動』というものが俄然現実味を帯びてきたことも事実ではあった。
ところが……
「総理! 緊急電です! 件の店の張り込みをしていた諜報員からの連絡です」
「どうした!」
「そ、それが…… 対象の『店』ごと消失してしまったと……」
「な、なんだと!」
ようやく世紀の『秘密兵器』を手に入れられるとぬか喜びをしたこの場のこの国のトップの間抜けた顔こそ見ものだったのだが……それはもちろん、この場の人間しか知らないことである。
*****
「ん? 地震か?」
深夜一時……ちょうど常連組を送り出そうと、珍しくも玄関まで出張ったおれには、まさに記憶の中の『震度五・五』の突き上げるような大揺れであった。
「き、きゃ~!」
そうだよねえ…… 地震なんて早々なれるもんじゃないし、お初となれば……押して図るべし……
その場にうずくまくっていないのは、おれとケンちゃんだけだったのだが……
暗がりに透けて見える玄関の向こうの世界は、いつもの異世界の商店街ではなく、夜の闇の中に月明りで浮かび上がる『大森林』であった。
「どうなったんだ!」
「店長!」
それ以上の、言葉もない現代人二人であった。
(注:筆者は実際に上記レベルの地震を何度か経験しております)
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