転居しました 編
第31話 インナー用ベストの試作 と 嫁の話
「ケンちゃん……すまん」
おれは新規採用したケンちゃんこと佐伯健二にすべての事情を話すことにした。
そして彼に二者選択を迫った。
今後一切手を引くか、運命を共にし、最悪異世界の住人となって生きていくか……である。
これからは秘密裏に動くことが困難になることが予想され、仕入れのための買い出しやら慎重に動かないといけない。
表だって店の中へと強引に押し入ってくる輩はまだいないとはいえ、いつまでもそうだとは限らないのだ。
ケンちゃんにも急いでここへ引っ越してきてもらう必要がある。
そうでなければ今後一切手を引いてもらうしかない。
彼の決断は早かった!
「わかりました!ここへ引っ越して来ます。着替えだけ、いえそれも不要です。服は商店街で買えます。どうせ家にもだれもいません。そのまま放置しておきます。親戚のおじさんに電話一本いれておけば済む話です」
「そ、そうか……すまんな」
一気にまくしたてられて、若干引き気味のおれであるが……
「いえ! むしろユキさんには大感謝です! こんなにワクワクできる世界にぼくを引き込んでくれたことに」
いや、まあ……そんなに目をキラキラさせて語られても…… 気持ちはわかる、うん、わかるよ……とっても……
「じゃあ、もう君は一蓮托生……ぼくらからは逃げられない……それでいいね?」
「はい! よろしくお願いします!」
こうして微力ながらも地球側のおれの仲間が一人増えたのだった。
そしてケンちゃんに新たに依頼したこと…… 彼の知識を総動員しての、この店のセキュリティアップ大作戦である。
この件については後日説明しよう。
今の段階では、異世界でのO157事件が収束し、おれの家の中に居候していた人たちにはお帰りいただいたので、ひとまずは騎士団長の依頼を片づけることにした。
深夜のお夜食タイムに、新規メンバーが加わったので皆に紹介をする。
「初めましてかな……サエキ・ケンジといいます。店長からはケンちゃんって呼ばれてます。十七歳独身です。よろしくお願いします!」
目の前の魚介鍋を囲んでいるのはいつものメンバーである。
第一王女ココテリア、通称コッコさん。
パルティア王国騎士団長、バルデス。
モロトフ商会の息女、ミッキーさん。
パルティア王国宰相、エドモンドさん。
そしてパルティア王国国王、エドワードさん。
これで常連組は六人になったわけである。おれも含めて七人。
「おお、よろしく頼む。我らの家族一同世話になったのだったな」
異世界人の東京観光旅行のバスガイド役を担っていたのがケンちゃんであることは周知済である。
皆で鍋をつつきながら、各々が好きな酒を飲みながらの宴会もどきなのだが、事はそれほど楽観できるものではない。
一番大きな問題は、今後異世界と現代日本の世界との付き合いをどうしていくかである。
この点については、人的交流は当面一切禁止とすることは皆の了解を得ている。
そして東京観光を行った面々には、体験したことや異世界(地球)のことは他言せぬよう言い含めてある。
「我らとしては最低限の物資の流通ができれば、構わない。いずれはなんとか解決できるできるじゃろう」
怖いのは日本側から異世界に向かって大量に人、武器がなだれ込むことである。
軍隊でも引き込んだ日には、パルティア王国など吹き飛びかねないのだ。
「最悪の場合に備えて、向こうでは日中でも店を厳重に閉じておきます。今はここにいるケンちゃんにセキュリティ確保のために動いてもらっているので……」
「任せてください!店長! むふふ……」
黒い笑顔のケンちゃん……良からぬ考え……いや、ほっておこう。
「それとできるだけ外部接触を避けるために、可能な限り仕入れの必要なものを買い集めます。それでお願いがあるのですが……」
「ん? 予算なら任せておけ、のお、エドモンド……」
「コホン……お任せください、陛下。今年の予備予算が手つかずなのでそちらを回します」
一体いくらの予算ですか?と聞いたら……日本円換算で十億だってさ……びく~りだわ。
「とりあえず必要なものは、ケンちゃんと付き合いのある問屋さんに頼んで、それに配達というか通販利用かな」
「つうはん?」
ああ、異世界には通販なんてないよね……
説明すると……
「それは便利じゃのお……こっちでもなんとかできるようにしたいもんじゃ……」
まあ、遠い未来には実現できるかもね……
「さしあたっては、騎士団長から依頼のあった防具の強化……これに手を付けます。試作を作って大丈夫そうならドワーフの職人さんにお願いしようと思ってます」
「そっちはお任せあれ、ユキ殿」
今回試作を考えているのは、ネット通販で大量のケプラー製の糸を注文し、頭、首、胴体を保護するインナーを作り上げることである。
当然普通のはさみでは切れないので専用のはさみも大量に用意する。
ケプラー製の糸を布のように編み込む技術程度はこの世界にもあるそうなので、早速宰相ルートでドワーフの職人に試作を依頼。
通販で頼んだケプラーの糸が届いた数日後には、早くも試作品が完成した。
早っ! ドワーフ優秀だな、おい!
「ねえねえ! 次の材料早く持ってきてくれないかな、ユキさん」
男性陣が話し合いの最中でも、食い気が忙しい女性陣である。特にコッコ……
本日は焼肉~ なのだが……
お前ら、見た目はいい女なんだから、行動も女らしくちっとは台所に立てや! そのくらいバチはあたらんやろ!
「ええ~~! もう酔ったからできな~い!」
こりゃあ嫁の貰い手がいないわけだ、親の顔を見て見たいもんだわ、ねえ国王陛下……
「ああ、こほん…… すまぬ、ユキ殿…… いっそのこと王女を嫁にもらっ」
「遠慮させていただきます!」
「そ、即答か……まだ何も言っておらんが……」
ばーか、ばーか! 仮にも国王陛下から口に出されてしまったら後戻りできんでしょうが……
見た目はドストライクなエルフの女とは言え、こうまで生活感のない女房もらって四十近いおっさんにどうせえと……
「そういえば、ミッキーさんておいくつなの?」
「えっ? えっと……十五です。女性に歳を聞くなんて……」
あえて無視無視!
「こっちでは十五って立派に成人扱いですよね?」
「うむ、その通りじゃ」
「じゃあ、もう結婚相手がいても不思議じゃないというわけかな?」
「えっと……まだ、いません……(ぽっ)」
「じゃあ、いっそのことケンちゃんなんてどうかな?」
「な、何言ってんですか!店長! ぼ、ぼかぁまだじゅ、十七歳っすよ!」
「ああ、立派な成人男性扱いじゃな…… ちょうどいいじゃろ、十七と十五……」
「は、は、早すぎますって……」
あたふたす新入社員をからかうのも面白い。案外脈ありか? むふふ……
うつむいてお互い意識し始める、猫耳少女とケンちゃんである。
上手いことおれの話をそらせたぜ! ふ~……
こうして本日の主題である、騎士団用のインナーの大量生産が決定した。
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