第23話 王都の生活習慣改革の第一歩始まったかな?
王都の中に、誰の目にも付きやすいように『時計』が設置されてからは、徐々に市民の間にも時間に合わせて行動するという習慣が芽生え始めている。
特に王室というか、王宮の内部からして『時間』に合わせた正確なスケジュールをこなすようになってからは、それに追随するすべての組織が合わせざるを得ない。
国家のあらゆる部門、そして最も影響を受けたのは王都をはじめとする御用商人たちである。
会議を何時に行う、謁見の時間は何時から、商品の搬入は何時に指定、王都の開門閉門は何時…… 等々を言い渡されればそれに従わざるを得ない。
それに個人の時計がなくとも王都内には大きな『時計』が設置されており、朝昼夕には決まった時刻に合わせて鐘が鳴るというご親切設計である。
今や、王家は『時計』を供給する側にたったのだ。御用商人が何かを供給する一方であったのが、この『時計』に関してはまさに独占状態。
独占禁止法などないに等しい異世界なのだ。
王家の言い値で買っていく商人たち……
「宰相…… 長らく貧困財政であった王家の金庫もこれで潤うな……」
「さようでございますなあ、陛下…… かの者には感謝せねばなりますまい」
パルティア王国宰相と国王の話題の主とは、もちろん『ユキ』の事である。
「ところで……宰相、例のものはうまく持ち出したのであろうな…… なんせ金貨十枚で無理やりかの者から譲り受けたのじゃ、妻たちに見つかったら取り上げられてしまう」
「ご安心くださいませ、陛下……女人不要の執務室の中に隠してありまする」
「むふふ~…… あれは良いものじゃ……早く堪能したいのお」
怪しげな二人の話題の金貨十枚を賭して手に入れたものとは……
ユキの父親がずっと以前に収集して死蔵してあった『某プレイボー○』紙……それも外国版の無修正ものである。
ダイナマイトボディの外人モデルが、これでもかこれでもかと出てくるあの結構な厚さの雑誌である。
それとユキ自身が集めていた、昭和の時代のアイドルの水着写真集が数十点……
最もお気に入りだった『アグネスラ○』ちゃんの写真集までも泣く泣く手離したのだ。
だが……
「ふふふ…… 筋金入りのアイドルのグラビア収集家を舐めんなよ! こんな時のために各々二冊づつ集めておいたのさ……」
この後さほど遠くはない未来、写真集だけではなく秘蔵のDVDまでも泣く泣く手離すことになることを、この時点では予想もしていない我らが店長さんであった。
時計とは異なり、徐々に王都に浸透し始めたもう一つの物。
それは『近眼用眼鏡』と『老眼用眼鏡』である。
モロトフ商会の独占商品であり、その仕入先は極秘とされている。
モロトフ家当主とユキとの会見はこの時点ではいまだに実現していないのだが、一人娘のミッキー・モロトフが、ユキとの折衝を一手に引き受け、契約にこぎつけたおかげでモロトフ家は大きく躍進している。
今後も中間卸問屋として、様々な商品を扱う予定で、モロトフ商会は一気に従業員を増やし続けている。むしろ慢性的な人手不足とさえいえるかもしれない。
そんな王都での事情を、ユキ自身はそれほど詳細に情報収集できているわけではない。本人は『不良在庫整理』と、売れるものなら問屋に注文しとけばいいや、程度の話なのだ。
今日も今日とて深夜の異世界営業時間には、きっちりと常連客がやってきた。
もはや夜食とお土産はお約束である。
「ううううっ…… なんて悲しいお話なの……むごすぎる……」
ユキの店の店舗部分の奥には居住用の部屋が三つ。その奥にはトイレ、キッチン、バスルームがある。
店舗のすぐ奥の部屋はテレビ等が置かれた食堂兼リビングである。
その部屋でコッコさんは、もはや伝説と化しているアニメ『火垂る○墓』を一人でじっと観ているのだ。
今日で三夜目。最終段階である。
涙なしでは普通の人は見れないはずのあのアニメである。
まあ、予想通りなんだけどね……
テレビにつないだDVDを観てるわけさ。
とはいえ、アニメを観て、さあ帰る時間だ! となればケロリとしてご帰宅されるコッコさんの切り替えの早さは驚きを通り越してむしろ感動さえする。
ユキの店は異世界ではたったの一時間の営業時間しかない。
その一時間の間に夜食をメインに様々な商談を行ったりしているのだが、不思議とだれも営業時間を越えて滞在する奴がいない。
なぜなのだろうかと皆に聞いてみたのだが……
「その時間になるとなぜか帰りたくなるんですよ、不思議と……頭の中で誰かが命令しているような感覚ですね」
ミッキーさんもコッコさんも騎士団長、宰相、国王陛下……誰もが口をそろえてそういったのである。
それならば……逆にユキ自身が、異世界に営業時間内に取り残されることは可能なのか、という話だが、ヘタレなユキ自身はそこまでやる決断がいまだついていないので、その実験はお預け状態ではある。
いずれは検証せざるを得なくはなりそうである。
「今夜もお土産ゲット~!」
閉店時間が近づき、常連客はそれぞれがお土産を渡され、ほくほく顔で帰路へと向かう。
「今夜も満腹じゃな……宰相…… このあといいか? 執務室で会おうぞ」
「はい、陛下……例のものですな、むふふ~」
「夜は長い……ぐふふ」
なんとも怪しげな二人である。
「ユキ殿…… 例の薬を……分けてもらえんだろうか……」
「ええ~またですか、騎士団長! 使い過ぎると死にますよ(腹上死しますよ、恥かきますよ)」
すっかり『バイアグ○』に嵌ってしまったバルデスである。そのうち使用をやめさせないと…… まあ、他人の恋愛事情に口は出したくはないのだが……
知人がそんな死に方したとなっては、寝覚めが悪いしなあ……
「ようやく百個納品していただけました~ これでわたしの首がつながりました」
おいおい、物騒な話じゃないか……ミッキーくん……
ミッキー嬢が受け取った百個とは……もちろんご貴族婦人方に今では『奇跡』とも呼ばれ、愛用者を増やしているスキンクリームである。
現在のところ予約販売に申し込みが殺到している状態らしい。
う~ん…… このまま商品が売れるようなら、店員増やすことも考えなきゃならんなあ。
だれか適任者はおらんか……
長時間店を離れるわけにはいかない店長さんは、仕入れ専門で人手が欲しいのである。
人手不足で店が回らなくなる前になんとか手を打ちたい店長さんであった。
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