第16話 王都大商人の娘、ミッキーの場合

 わたしの名前は『ミッキー』


 パルティア王国の王都で商いを営む大商人の一人娘……

 

 猫族に属する獣人の一族ですが、この国は獣人といえども差別されることはありません。

 そもそも国王様がエルフの一族なのですから、それは当然とも言えます。



 そんな日常生活に何不自由もないわたしですが、たった一つ困っていることがありました。


 そう……わたしは遠くのものが全く見えないのです。かなり近づかれてもわかりません。

 

 商人の娘であるにも関わらず、すれ違う知人の顔も判別できないため、挨拶にも事欠く始末なのです。

 これは商人の娘としては致命的とも言えることです。


 将来はそれなりの婿さんを迎え入れて、親の跡を継ぐにしても非常にまずいのです。


 お客様との商談の際に交わす、契約書や計算書などは目の前数センチまで近づけないと見えません。困ったものです。


 商いと関係がない場合でも、道中の柱にぶつかって人と間違えて頭を下げたこともあります。その後恥ずかしさでいたたまれませんでした。


 そんなわたしは、普段外出する際はお付きの人に護衛がてら同行してもらっています。


 でも、あの日は同行者を連れていませんでした。


 友達の家に遊びに行ったのですが、プライベートな時間ということで同行者の方は不要かなと思ったんです。それに夕方遅くなるようだったらお迎えを頼めばいいかな、なんて軽く考えていたのが、そもそもの間違いでした。


 気が付けばすっかり遅くなってしまいました。


 友達はもちろん泊まっていくように勧めてくれましたが、外泊などしたことがないわたしは、強引に友達の家を出ました。


 辺りは暗くなっており、帰り道もおぼつかなくなっていたところ、一軒の家の前の扉に頭をぶつけてうずくまっていたところ、一人の男性に声をかけていただきました。


 事情を話したら、家の中へどうぞと誘われました。今となってはおよそ危ないことをしてしまったのだと反省しています。


 だって、いくら道に迷ったとはいえ、見知らぬ男性の家にお邪魔するなんて…… お父様に知れたら、しばらくは外出させてもらえないほど怒られていたと思います。


 ですが…… このわたしの『過ち』こそが、わたしの人生の分岐点だったのでしょう。


 この夜の出会いが、神様に感謝してもしきれないくらいの出来事になったのですから……


 そうなんです! わたしは偶然にもお会いすることの出来た『ユキ』さんから『めがね』なるものをいただいた時から、この世のすべてが一変してしまったのです!


 ああ…… 見えるってすばらしい! 今まではぼんやりとしか把握できなかった物や人、風景…… すべてがはっきりとこの目で見えたのです。


 ん? 同席されているのはひょっとして……エルフ族……

 

 この国のエルフ族はすべてが王宮関係者…… ということは…… いえ、この場では知らん顔していることが最善のようです。



 ユキさんの話では、人は若いときは『きんがん』、老いては『ろうがん』になるそうです。

 わたしの場合は『きんがん』なのだそうです。


 ひょっとしたらお父様の場合は『ろうがん』なのかもしれません。細かい字が見えなくなったとおっしゃってましたから……


 早速『ろうがんきょう』なるものを、お父様に試していただきましょう!


 これが……これがもしも本当ならば…… 我が『バレンタイン家』の興隆のきっかけになるでしょう!


 それにしても…… 初めて食べる『ケーキ』なるもの……本当に美味でした。


 この世の物とは思えないくらいでした。


 明日の晩からもこっそりとこの店へ、ユキさんに会いに…… いえ、もっともっと美味しいものを食べに、そして我が商会にお発展のために通うことを誓います。


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