第15話 第一王女、ココテリアの場合

 ふ~…… 今夜も美味しかった……ってか、わたしはこの『店』に、毎度毎度夜食目的に来てるわけじゃない!


 いや、でもあの店の夜食は捨てがたいのは、まごうことなき事実。

 今までに食べたことのないものばかりが、あろうことか単なる『夜食』とは……

 王宮の食事も王都のどんな高級料理店でも食べたことがないメニューばかりなのだ。


 なんと『豪華』で『贅沢』な話ではなかろうか……


 それに皆でわいわい食べることの楽しさを初めて知った。

 王宮での食事は一切の音を立てずに食べなければならず、そしていつも一人の食事……

 傍らに控えるメイドが一緒に食事をしてくれるはずもない。


 一つの鍋をみんなで箸とかいう二本の棒を使って食べるのも面白い。


 店に行くとわたしは毎回それなりにお店の商品を買い付けてくる。そのおかげもあってか、ユキさんはいつも『お土産』を渡してくれる。

 このお土産というのが、また楽しみなのだ。


「うふふふ…… 今夜のお土産は何かな~」



 深夜の一時過ぎ、パルティア王国第一王女ココテリアの姿は、そこではたと消える。


 さんざん飲み食いをし、満腹、そして大満足でユキの店を出た彼女が一瞬で姿を消した理由は……



 そう……彼女は『転移魔法』使いなのである。



 彼女の戦闘力自体は、王族がたしなむ程度の実力しかない。だがこうやって夜な夜な女が一人で出歩けるのは、この魔法が使えるからだ。


 例え暴漢に襲われたとしても、同行者もろとも一瞬で退避できるのだからこれほどの防御力はあり得ないといっても過言ではないだろう。

 それに彼女の場合は、敵対者を遠くへ飛ばすことができるという、ある意味とんでもない『攻撃力』すら有しているのだ。



 普段から口うるさい王宮の誰が何と言おうと、彼女の行動を押さえられる人はいないのだ。そんなことをしても全く無意味であることを、王宮の誰もが知っているからだ。



 だが……


 あの晩だけは別だった。



 王都の貴族の友人宅で夜遅くまで飲み、そしてかなり酔いの回っていた彼女は『転移先』を間違えてしまったのである。


 酒のせいとは言え、何たる不覚!



 気が付いた時には、見知らぬ商店街の、どこその『店』の前で倒れていた。

 転移魔法の誤動作は彼女の体力、魔力を根こそぎ奪っていたため、その場を動けない彼女には、目の前の玄関の戸を叩くだけの体力しか残っていなかった。


 その日は日中から雪が降り積もり、倒れている彼女のコートの上にも雪が容赦なく積もっていく……


 何度戸を叩いたことだろう……ふと見上げると、その店らしき家の玄関わきの窓から灯りが漏れているではないか。



 人がいる…… 助けて…… わたしは動けないの……



 深夜のこの時間帯……それも雪がしんしんと降っている日に行きかう人など誰もいるはずがない。


 誰も助けてくれなければ、そのまま凍死していたかもしれない。





 けれど…… この夜、神様は『異世界』から救援の手を差し伸べてくれた!


 その店の店主である『ユキ』さんが『異世界人』であることを知るのはもう少し先の話。



「ふふふ…… 今夜も『お土産』つき~! 」


 王宮の自室でこっそりと食べるはずだった『大福餅』と『醤油だんご』……


 匂いに釣られていつの間にかやってきた、仲良しの侍女三人組にたかられることを、この時点では知らない第一王女ココテリアであった。



 そして、あの晩出会った『ユキ』の生涯の伴侶として生きていく自分の未来を、いまだ知らない一人の『乙女』であった。

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