第8話 波紋……

~深夜の王宮にて~


「お呼びでしょうか、お父様……」


 つい先ほど王宮へと帰還したパルティア王国第一王女ココテリアは、あの不思議なお店でお土産にもらった『ショートケーキ』を一口食べると、すぐに国王である己の父親に呼び出された。


 時刻は深夜の二時近く……


「王女よ、毎夜毎夜お前がお忍びでどこかへ出かけていることは問うまい…… だが、その口元の白いものはなんだ……」


(はっ! し、しまった~)


 イチゴのショートケーキの生クリームを、その口元に付けたまま国王の執務室へと赴いた王女ココテリアは、この後明け方まで滾々と国王夫妻の追及を受けることになるのであった。


 もちろんお土産にもらった、今までこの国には存在しなかったショートケーキは国王親子の胃袋へと直行したのだが……


「このケーキなるものを提供してくれた者と『時計』を販売してくれた店主とは同一人物と申すのだな?」


「はい……お父様……」


 パルティア王国は建国以来すでに八百五十一年、エルフ族が治める多種民族から構成される国である。

 

 ユキという、地球から紛れ込んだ男が持ち込んだ『時計』が、そのままこの国、いやこの異世界でもそのまま使えたことに疑問を感じる方もいるだろう。


 まだだれも知らない事実……それゆえに時計はそのままこの異世界でもれっきとした道具として使えたのだが、そのことはいずれお話しすることにしよう。



「ココテリアよ…… その不思議な店の店主を余に紹介することはできるかの?」


「そ、それは……」


「ここへ招くことができれば一番よいのだが……」


「何故でございましょうか、お父様」


「いや、なに…… ケーキ…… いや 実はな、時計なるものをこの国でもっと広めたいのじゃ。そのための良き方法を直接聞きたいがためにの……」


(お父様…… 絶対に他の何か美味しい食べ物を期待してるのね……)


 そういえばと、はたと思い当たることがあった…… 以前もらってきて部屋に隠してあった『日本酒』がやけに減りが早かったのは…… お、お父様だったのね、犯人は……


「今度先方へ伺った時にそれとなく聞いておきますが、あまり期待はされないようお願いします」


「ふむ…… なにかしら事情があるらしきことは余も存じておる。気長に待っているのでな…… その…… 土産もよろしく頼むぞ? なんなら購入できるのならいくらでも買ってきても構わぬ」


 この異世界では、娯楽というものがほぼ存在しない。それに料理関係でも『甘味』というのはめったに市場には出回らない高級品扱いなのだ。


 一日一時間だけの異世界交流の波紋は、少しづつ広がっていくだろう。


 だが今はまだ、ほんの一滴の雫が落ちたに過ぎないのもまた事実。




*****


 おれは、店の奥の倉庫と化している小部屋で色々と在庫の整理中である。


 なんで今更こんなことを? と言われるだろうが、この際あの異世界で高く売れそうなものはないかと物色中なのである。

 趣味で色々と購入した死蔵品の山……


 在庫処分セールをしようかと画策中なのだ。



「おっと! こんなものまであったんかい!」


 一時は廃棄処分を考えていた大量の不良在庫…… 

 いや、不良品というのは違う。時代に乗り遅れ、正規の値段では売れなくなった品物というべきか……


 それが、今やおれの目には『金貨』に見えていたのさ。


 基本的には『電気製品』は売れないだろう。せめて電池式ならば売れそうではある……


 手始めは日用雑貨品を売ろう。とはいえ深夜に訪れる異世界の客は、ほとんどいない。

 なので販売は委託するか卸問屋としてあっちの世界の商人と契約を交わすか……


 一度コッコさんに相談して誰かを紹介してもらうか……





~とある日の日中の店の前(INパルティア王国)~



「ここか! 市民から通報のあった怪しげな店というのは……」


「隊長、玄関は鍵が掛かってますよ」


「そんなこたあ、見ればわかる」


「それに張り紙が……なになに……営業時間のお知らせ?」


 深夜の一時間以外は、おれの店は鍵が閉まっている状態であるらしい。

 なので一応、店の入口にはあの時間帯に張り紙をしておいたのだ。


『営業時間のお知らせ:深夜のみの営業とさせていただきます BY店主』


「なに! ばかな……深夜だけの営業だと? そんな時間帯に客が来るわけなかろう! 商売する気があるのか、この店は!」


 日中の、それなりに人通りの多い時間帯に店の前でわいわいやっているのは、この街の警備隊の面々である。

 一般市民の通報により御用改めというわけである。


「おい! 扉を蹴破れ! 構わん」


「隊長……いくらなんでも、そりゃあ不味いっすよ。呼びかけもなしに突入したら……」


「うるさい! いいからやれ!」


「扉が開いたら全員抜刀の上、突入する!」


 駆け付けた警備員はおよそ十人ほど。


 なんだなんだと周りに集まってきた野次馬はその数十倍にも膨れ上がった。


「隊長、鍵が開きました!」


 なんのことはない壊しただけの事である。



「おい!扉を開けてみろ!」


「えっと……中は真っ暗でなにも見えません、隊長…… これ、なんかやばいっすよ……」



「やかましい! 灯りがついてなければ暗いのは当たり前だ! いくぞ! 全員突入する!突っ込め~!」


「「……」」



 大勢の野次馬たちの前で、一軒の店の入口へと強引に突入した警備員が、そのまま行方不明となり、数日後遠くの山中で瀕死の状態で発見されることになる。


 この突入の後、触らぬ神に祟りなしを決め込んだ近隣の住人たちから警備隊への通報は無くなったらしい。


 そして、その数日後……


「ふ~ん…… 日中は開いてないのか…… 夜中だけの営業かあ……」


 一人の商人風の男が店の張り紙をみてつぶやく。


 もちろんそんな男に気を止める近隣住民はいないのだが……


 この男…… パルティア王国宰相エドモンドその人であることは知る人ぞ知る事実……であった。

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