第48話 少女と少年の記憶界 その3


失格の理由は三つ。


一つ目は、所属。

少年はどこの村にも、どこの学校にも属していなかった。

つまり、流れのよそものだった。

二つ目、参加の届けが出ていない。

学校や親が申し込むのだが、それを少年もジイサンも知らなかった。

三つ目、沿道から食い物の差し入れがあった。

繰り上げ一等は、同着二名。

村長の息子と校長の息子だった。



その日の夕刻、ふたりはオソレヤマのあの場所で会った。

らんの花園で肩を並べて座っていた。


ごめんと少年が言い、ううんと少女が首を振る。

つらくて哀しかったけれど、泣くと、もっと哀しくなりそうだったから泣かなかった。

それでも、涙がこみ上げてくるので、こらえるためにお互いに身を寄せ合った。

汗のにじんだ少年と少女の肌がぴったりと吸いついた。


あたりはしんとしていた。

空には星がいっぱいだった。

明るい星、くらい星、どれもキラキラしていた。


ふたりにとって、この世の中はつらい事ばかりで、エナメル靴なんか縁のない生活だけれど、星がきれいなのが、うれしかった。

うれしくって、くやしくって、つらくて、哀しくって、こころが悲鳴を上げた。

ふたりは、こらえるのをやめた。


おもいきり泣いた。

少年は、少女を抱きすくめて、初めて唇を重ねた。

唇が離れたあと、少女はまた泣いた。

しあわせが、こわくて泣いた。





少年はポケットから布切れを出して少女に突き出した。

マラソン大会の参加賞だと言う。

男子はノート、女子はハンカチだったのだが、少年はハンカチを希望したのだ。


さくらの刺しゅうの入ったハンカチだった。


少女は、それを両手で広げて、きれいと目を輝かせた。

こんなきれいなものを人からもらったことがなかった。

ハンカチを見つめる瞳の中で、たくさんの星がきらめいた。


一生たいせつにするわ、と少女が言った。



満月が天の頂きにあった。

ふたりは夢見る気分で月と星をながめた。

少年は、いつまでも一緒にいたいと言った。

少女は思いきりうなずいた。


こどもを作ってさあ、と少年が言う。

こどもを作って、親子で一緒に暮らして、おれのジッチャンも一緒だけど、と笑うと少女も笑った。

おれとおまえ、ふたりのこどもを作って、旅しながら炭を焼いて暮らしていかないか? 


少女は迷いがなかった。

強くうなずいた。

川魚をとって、さばいて、きれいな杉の葉の上に並べて、売り歩くの、と少女も言った。

それ以上の素敵な暮らしがあるだろうか。

ふたりが考えうる最高のしあわせだった。


こどもにはなんという名前をつけようか、と少年が言うので、少女は以前から考えていた名前を言った。


らん。


それは、この場所の名前だった。


少年はとても喜んだ。


気がつくと遠巻きに、数十人のおさな子たちがふたりを取り囲んでいた。

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