第47話 少女と少年の記憶界 その2
夏祭り。
村落対抗の奉納大運動会が開かれ、マラソン競技で最高潮を迎えた。
マラソンこどもの部に少年が出場した。
一等の賞品が男女対のエナメル靴だったからだ。
少女はいつも裸足だったから、一等になって、あのエナメルの靴をはかせてあげたかった。
号砲が鳴って、真っ先に少年は先頭に立った。
他を引き離して独走状態だった。
旅館の入り口では少女も応援していた。
先頭で走ってくる少年に、少女は大きく手を振った。
まわりの大人たちは、あれはどこの子だ?
どこの学校だ?
どこの村だ?
誰の子だ?
とささやき合うが誰も知らない。
旅館の人が、あれは流れてきた炭焼きの子だと答えると、大人たちはふーんと言って沈黙した。
小さな頃から、山走りの生活だった。
少年の健脚に対抗できるこどもはそうはいない。
少女は誇らしかった。
でも、目の前を走りすぎるとき、間近で見た少年の額に嫌な汗が浮いていた。
眉が、困ったときに見せるように、何かを訴えていた。
少女は、ピンときた。
少年はここ数日ほとんど飯を食べていなかったのを、少女は知っていた。
炭が売れず、現金が入らず、蓄えの米も食いつくし、木の実や、ほたる湖でとったなまずなどを食べて過ごしていた。
だから、体の燃料が切れかかっていたのだ。
ほたる湖を半周ほどまわったあたりから、少年の速度が目に見えて落ちた。
後続の有力選手たちに追いつかれた。
彼らは、村長の息子や親族だったり、校長や教師の子息だったり、村の名士の子息が数多く出走していた。
少年はどんどん抜かれて行った。
力が入らない。
脚が空回りする。
気が遠くなる。
もう走るのをやめようか、そう思ったとき、森の出口で少女が手を振っていた。
声を張り上げて、伴走し始めた。
そして、少年の手に何かを押し付けた。
こぶしほどの大きさのおむすびだった。
少年は旅館の前の下り坂を駆け下りながら、おむすびを口の中に押し込んだ。
むさぼり食った。
少女の飯の力で少年に力が戻った。
どんどん抜き返し、最後の神社の上り坂では、先頭集団に追いつき、体ひとつの差でゴールの鳥居を駆け抜けた。
へたり込んだ少年の目の前に、賞品の陳列台があった。
少年はそこにある靴を、まぶしそうに目を細めて見た。
エナメルの革靴が日の光を反射して輝いていた。
しかし、少年は失格になった。
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