第46話 少女と少年の記憶界 その1
────オソレヤマの黄色いイオウの起伏を越えて、一人の少女がやってきた。
少女、十五歳の春。
奉公がつらくてオソレヤマへやってきた。
死ぬつもりでやってきた。
山の向こうに地獄があると聞いたから。
でもそこには、たくさんの友だちがいた。
石を積んで歌って、少女と手をつないで遊んでくれた。
そして、この花園を見つけた。
荒涼たる景色の中の小さな花園。
そこに咲き乱れるらんの花々。
ひとつひとつ花のにおいを嗅いでみると、ここは地獄ではない。
極楽だ。
少女はそう思う。
つらいときはいつでもここに来よう、そう思う。
もうひとり、イオウの山を越えてくるこどもがいた。
少年だった。
同じく十五歳。
少年は、そこに少女がいるのを見て驚いた。
ここは自分だけの場所だと思っていたから。
少年は、山の炭焼き小屋で暮らしていた。
ジイサンとの二人暮らし。
ときどき里に炭を売りにくる。
少女が自分が奉公している旅館の名を言うと、そこにも炭を売っていると少年は言う。
今まで会わなかったのが不思議だと少女が言うと、ジイサンと各地の山を転々と渡り歩いてきて、この里に来たのもつい最近のことだからと少年は言った。
少年の歯は白くてまぶしいと少女は思った。
少女の目の中には、はるかな遠い星が見えると少年は思った。
出会った瞬間、ふたりは永遠になってしまった。
会えてよかったね、と少年が言えば、こくんと少女はうなずく。
本当に会えてよかった。
生まれてきてよかったと、少女は初めて思った。
少女と少年は、毎日のように、旅館の裏の森で会った。
わらび、ぜんまいを採りにいくと言って、少女は旅館を駆け出していく。
ジュンサイを採ってくると言って、ほたる湖へ走る。
ヤマノイモを掘ると言って、オソレヤマへ駆けて行く。
少年と会って、いっしょに歩き、いっしょに花のにおいを嗅ぎ、いっしょに森の空気を吸い、いつもいっしょに歌を歌った。
ふたりとも学校へ通ったことがなかったが、歌はよく知っていた。
少女は、奉公先で仲居さんたちが歌っているのを聞いて覚え、各地を渡り歩いてきた少年は、その地その地で、学校に炭を売りに行ったとき、校舎の壁に背をもたれて聞いて覚えた。
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