第44話 巾着袋を守れ


らんは必死にすがりつく。

でもおかみさんはらんを蹴り飛ばして階段を降りていく。

その足元に、オレ様が立ちはだかった。


「なにこの白黒! 汚いわね! どきなさい!」


と、蹴りあげられた。

オレ様は階段を派手に転げ落ちた。


「おかみさん!」


らんが必死の形相で追いかける。

脚がもつれて、らんもまた転げ落ちた。

それでもまた立ち上がって追う。


おかみさんが風呂の外釜のふたを火箸で開けると、釜の中は炎がいっぱいに暴れていた。

そして、ちゅうちょなく、巾着袋を炎の中に放り込んでしまった。


「いやーーーーーーーーーーーーっ!」


らんの口から、今まで聞いたこともない、この世のものとも思われぬ哀しい叫びが放たれた。

膝が抜け落ち、全身が脱力し、おかみさんが襟首をつかんで引きずって行くのにも、もはや抵抗する力はない。

不安そうに遠巻きに見ている使用人たちに、


「盗人のお仕置きですからね、助けちゃだめですよ」


笑顔が貼り付いたおかみさんはそう言って、らんを三階まで引っ張って行った。



オレ様は釜のふたを開けようとした。

でも、重くて硬い。

よし。

火箸でなければ開けられないほど熱く燃えているふたを、口でくわえて引っ張った。

ひげや、鼻がじりじりとこげて煙が上がる。

舌も焼けているはずだ。

それでも、ふたに食らいついて上げたり下げたり、押したり引いたりして見た。

すると、何かの拍子にふたが開いた。

オレ様は迷いがなかった。

釜の口から、狂ったように燃え盛る炎の中に飛び込んだ。

外でハナの絶叫が聞こえた。


「ナカムラゲーーーーン!!」


一面がオレンジ色の中で、オレ様はうろうろしていた。

巾着袋が見つからない。

右を見たり左を見たり。

ハナは釜の外でガタガタ震えている。

もはや声など出ないようだ。

そりゃそうだ。

火の中に飛び込んだオレ様にどんな言葉をかければいいというのだ。

ああ、熱い。

毛が焼ける。

肌が焼ける。

痛い痛い。

おや、この匂い。

焼肉の匂いだ。

腹減ったな。

ん。

なんだ。オレ様の肉が焼けてるのか。

はははは。


「中村玄……早く…早く外に出てきて」


釜の外でハナの声が聞こえる。

か細い声だ。

震えている。


「ホントに死んじゃうよ。もういいから。そこまでしなくてもいいから。あなたは何のためにそこまで……」


なんのためにって?

なんのためだろう。

そんなことは考えたこともなかった。

あ、あったぞ。

オレ様は巾着袋をくわえて釜の口に向かった。

のっそりと這って這って這い出て、釜の外にドスッと倒れ落ちた。

全身が焼け焦げていた。

でも、口にはしっかり巾着袋のひもをくわえている。

 

巾着袋は燃えていた。

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