第42話 らんのかなしみ
らんは、おかあさんのお墓の前の落ち葉の上にペタンと座ってぼんやりしていた。
横に置いた山菜カゴには、まいたけ、ぎんなん、ゆりね、さるなしが入っていた。
リスのドンとウサギのラッタがやってきて、カゴに栗と銀杏をそっと入れた。
小太郎が着地し、背から飛び降りたハナが、東京から背負ってきた地図の筒をカゴの中に置き、トントンとカゴの縁を叩く。
らんはゆっくりとそちらを見たが、何の感情も現れない。
みんなが心配そうに見ている中、ゆっくりとらんが筒に手を伸ばした。
指先でつまんで、毛をほどいて、筒を開いて、開いて、巻き癖を伸ばして開ききると、らんはじっとそれを見つめた。
じっと……。
しばらく、じっと。
そして、
「徳さん…あのね…」と独り言をつぶやきはじめた。
「ポンポコの巣のそばに、ブナの枯れ木があってね、その根っこのところにナメコが生えてたよ。それから、熊の沢をのぼったところに、ヤマブドウの大きなツルがあるの知ってた? そばに熊の足跡があったんだけど、山側から先回りして半分くらいいただいちゃった。熊さんも冬眠前で大変だろうけど、そのくらいならいいよね。明日、ヤマブドウジュースにしようと思うの」
らんは、地図を巾着袋に納めた。
……たいせつなもの。徳さんの地図……
らんは、カゴを持って立ち上がった。
オレ様がそこにいることに気づいた。
少しの間、オレ様たちは見つめあった。
らんは、ほんの少しだけうなずくと、歩き出した。
歩く姿が以前と変わっていた。
股関節と脚の骨折によって、左右の脚のつり合いが取れなくなり、歩くたびにカクンと傾く。
らんが立ち止まって秋空を見上げた。
小太郎が鳴いた。
畑の向こうの里山に、野焼きの煙がうっすらと漂っている。
ゆるい風が吹いてらんの前髪を撫でていった。
空を見上げているらんの目から、涙がハラハラと落ちてきた。
口を大きくあけて、声を殺して泣いている。
タヌキの親子ポン、ポコも、ラッタも、ドンも小太郎も、ハナもオレ様もみんな泣いた。
らんのかなしみがよくわかっていたから。
らんは、山菜を厨房に届け、おかみさんに、「ただいま戻りました」と挨拶をすると、おかみさんは、
「どうなの? もう脚の具合、いいのでしょ? 明日から働いてもらうけれど、いいわね?」
一応は様子をたずねているようですが、有無を言わさぬという感じだ。らんは、
「わかりました」
と言って、三階の自室へ戻った。
部屋へ入ると、地図を指で何度も伸ばし、見つめては微笑し、両手ではさんで拝むように目を閉じ、頬に押し当て、また微笑し、そして、
「徳さん」
とつぶやいた。
翌朝、旅館の人たちはらんが小さな声で歌を口ずさんでいるのを聞いて顔を見合わせた。
あまりにもはかない声なので、何の歌かはわからないが、らんの顔に血の気が戻ってきたのを見て、口々に言った。
「歌を忘れたカナリアが、歌を思い出したね」
らんを見つめる人々の心がほっこりとしてきた。
帳場の人から、
「らんちゃん、おかみさんのお部屋にお食事を運んでちょうだいな」
と頼まれたので、食事を乗せた膳を持って母屋の三階にあるおかみさんの部屋に上がった。
「おかみさん、失礼します。らんです。お食事をお持ちしました」
部屋の中に膳を運び入れたが、おかみさんはいなかった。
タンスの扉が開いていてきれいな宝石箱が見えた。
ふたが半開きで、アクセサリーがはみ出ている。
「物騒だわ。きちんと閉めておいてあげましょう」
そう言って、踏み台に乗って宝石箱の前に立った。
ふたを開けると、箱の中はきらびやかな石がいっぱいつまっていた。
「きれい! お星様みたい」
そのひとつを手に取ってみた。
踏み台を降りて、鏡台の前に立って、胸にあててみた。
「こんなきれいな石を見たのは初めて。ほら、中村玄、似合うかしら」
そのとき、
「あなたっ!」
とおかみさんが入り口に立った。
「なにをしてるの!? まさか盗もうっていう」
「違います。お膳を、それでそれで、すみません、ごめんなさい、ごめんなさい」
おかみさんは、らんの手から宝石をひったくって、
「さっさとこの部屋から出て行きなさい。本当にけがらわしい子!」
と言い捨てた。
らんは、すみませんすみませんと何度もわびながら部屋を出た。
階段を下りながら、オレ様に話しかけてきた。
「おかみさんはきっと徳さんのことが心配なんだわ。心配しすぎて、イライラしているんだわ。お気の毒ね」
畑では、元気な秋野菜がらんを待っていた。
「みんな、香ばしい土に育てられておいしそう」
かぼちゃ、さといも、ごぼう、はくさい、なす、ほうれんそう、かぶ、ねぎ。らんは、以前のように、野菜のひとつひとつに声をかけながら収穫していく。
赤とんぼが飛んできて、源じいの頭に止まった。
それを見て、らんが笑った。
源じいは何のことかわからなかったが、久しぶりのらんの笑顔にホッと息を吐き、細めた目が涙目になっていた。
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