第38話 老師の最期
兵士たちがいっせいに撃ちはじめた。
でも、すでに距離が離れていたため、じきに発砲はおさまった。
老師とオレ様は、群れの最後尾を走っている。
背後をチラリと見た老師の表情が険しくなった。
高い軍人が軍用車で追跡してきたのだ。
射程距離までつめると、車を止め、仁王立ちになってライフル銃を構えた。
照準スコープを冷たい目でにらんでいる。
その照準は、脱走のリーダーであるオレ様にピタリと合っていると直感した。
老師が叫んだ。
「中村玄!」
同時に銃口も火を噴いた。
少し遅れてダーンッと銃声が響いた。
一発の銃弾が空気の層を切り裂いてまっすぐこちらに、オレ様に向かってグングン飛び迫ってくるのが、はっきりと見えた。
老師が横っ飛びで受けた。
銃弾を、背で。
そのままドオッとオレ様に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
「老師ッ!」
オレ様は、老師の体を抱きしめた。
ああ、背中からこんなに血が。
血がどくどくとあふれ、毛の中を流れ、赤い大地に吸い込まれていく。
ハナが鼻を鳴らして老師の顔をなめている。
逃げ出た他の動物たちも、老師のまわりに集まってきた。
オレ様は、振り返って高い軍人を見た。
高い軍人は、二発目の銃弾を込めている。
オレ様は走りだした。
高い軍人に向かって走って行く。
「中村玄! 撃たれる! 行っちゃダメ! 行くなぁああ!」
ハナは必死に叫んでいる。
でもオレ様は止まらない。
記憶パンダは逃げないんだ。
ライフル銃を構え、照準スコープに目を光らせる高い軍人に向かって、わざわざ撃たれるために走り迫っていく。
大トカゲのように走る。
しかし、高い軍人は撃たなかった。
オレ様は走りながら懸命にシッポを振っていたのだ。
軍用車の脇に立ち止まってもなお、高い軍人に向かってシッポを振った。
すると高い軍人は、オレ様から銃口をそらし、脱力したようにライフル銃を身体の脇にだらりとおろしてしまった。
身体が震えていた。
そして、突然、膝から崩れるようにしゃがみ込み、てのひらで顔を覆った。
高い軍人は泣いていた。
おいおいと子どものように、号泣した。
オレ様は、軍用車に飛び乗り、高い軍人の顔をなめてあげた。
オレ様は、高い軍人の記憶界に行ってきたのだ。
高い軍人と連れ立って彼の記憶界に。
そこで……
でもそれは別の話。
長くなるので、またの機会に話してあげる。
老師の所へ戻った。
「……困った者たちだ」
老師は息も絶え絶えに言葉を絞り出した。
「人間は、他のいきものたちから生き方を問われているというのに、自分自身の思い上がりにさえ気づいていない」
老師は朝の空をあおいだ。
「中村玄、お前はタマシイのレベルにおいて、人間よりはるかに上だ」
そして、オレ様の目を見つめて言った。
「すまなかった」
そのまま、目をあけたまま、息絶えた。
オレ様は再び走り出した。
走りながら、空を見上げた。
うつくしいそら。
らんは……だいじょうぶなのか。
らんを……救えるのか。
オレ様は……約束を果たせるのか。
オレ様は、オレ様は、どうしたらいいんだ。
荒野の上空には、うつくしいそらが絶望的に広がっていた。
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