第35話 死のカウントダウン
空が少しずつ青みをおびてきた。
外で、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッと、おなかに響く音が始まった。
その連続する音は、トラックの半分ほどの大きさの四角い機械から発していた。
その機械に直径五十センチほどのジャバラのホースが接続され、ホースの先端はビニールの幕にあけられた口穴にはめ込まれ、締め具が回転してしっかり固定された。
あれが毒ガスを送り込む機械なのか。
今やビニールは完璧に動物舎を密封していた。
これでは、動物舎を飛び出してもビニールの外へはとうてい出られない。
不可能だ。
そして、ついに、動物たちはそれを目撃してショックで失神しそうになった。
兵士たちが全員、顔面にガスマスクを装着しはじめたのだ。
ガスマスクをつけただけで、すべての兵士たちの顔から表情が消され、冷酷で無感情で無慈悲な集団に変貌した。
まさにそれは、暴力と絶望と死の具体的な姿に他ならなかった。
呆然と外を見ている動物たちにオレ様はカツを入れた。
「時間がない。みんな、急げ!」
そのとき!
外でシューーッと音が!
毒ガスの噴射準備だ。
動物舎の全員の顔に恐怖が貼り付いた。
死の恐怖。
今まで想像すらしたことのない、毒ガスで殺されるという未知の恐怖。
兵士の一人が両手の指を広げて、大声で数を読み上げはじめた。
毒ガス噴射、カウントダウンの開始だ。
10、9、8……
実験棟の前で白い人が、頭をかきむしって座り込んでしまった。
みんながトンネル穴に殺到した。
次々とトンネル穴を出て、動物舎の外に飛び出して行く。
しかし、そこから先はビニールで覆われている。
兵士たちは、穴から飛び出してきた動物たちを見て、最初は驚いたが、すぐに両手を広げてあきれたり、笑ったりしている。
7、6……
動物舎から出た動物たちは、ビニールの前で立ち往生した。
パニックで神経がまいってしまったのか、クルクルと自分のシッポを追って回り続ける犬も出始めた。
5、4……
「全員、動物舎から脱出したわ。あとは中村玄だけよ!」
ハナがトンネルから顔を出して叫ぶ。
「了解!」
オレ様は、動物舎の中を見渡して誰も残っていないのを確かめると、穴には向かわず、ジリジリと後退して反対側の壁まで下がった。
「何やってるの中村玄! 早くしないと!」
オレ様は走りはじめた。
例の、上体を左右に大きく振って、前脚で強引に下半身を引っ張る大トカゲ走法だ。
前脚はひどくたくましくなっていて、その盛り上がった筋肉で猛然とスピードをあげた。
ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ。
ガッシ、ガッシ、ガッシ。ガッシ。
壁に向かってものすごい勢いで突進した。
「ちょ、ちょっと、なにを考えてるの中村玄! 壁にぶつかるわよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます