第34話 トンネルを掘れ


オレ様とハナは、麻袋から飛び出た。


こんなところに隠れている場合ではない。

事務棟の開け放たれたドアから走りでて、あっと息をのんだ。

今まで見たこともないとてつもなく大きな軍用トラックが五台、その怪物のような車体を震わせていた。

白い人が軍人の前にさりげなく体を移してオレ様たちの姿を隠してくれた。


動物舎の中には、犬や猿やヤギ、ウサギやネズミなど全部で百匹近くの動物が息をひそめてオレ様たちを出迎えた。

老師たち森の住人たちもいた。

隅の方にひとかたまりになって緊張していた。

オレ様と目があったが、彼らは力なく目を伏せるだけだった。


背後で、ドアの鍵がロックされる重い金属音が無情に響いた。

毒ガスの実験、と白い人は言っていた。

鍵がかかっていても、ハナ程度の大きさなら自由に出入りできるような、こんなすき間だらけのトタン小屋を、どうやって毒ガスで満たそうというのだろう。

なんてズサンな毒ガス実験なんだ。

それを考えたら、不安や恐怖が少しだけ遠のいた。


窓から眺めていると、五台の超特大トラックから降り立った五十人ほどの兵士が、高い軍人の前に整列していた。

オレ様は動物舎の中を調べた。

壁ぞいに匂いを嗅いで歩き、ときどき地面を前脚でかき出してみた。

みんなは不思議そうにオレ様を見ていた。

そのうちオレ様の意図がわかったようだ。

全員いっせいに動物舎のあちこちに散って、オレ様がしているように壁ぞいに鼻をすり寄せて歩き回りはじめた。

オレ様は、匂いを嗅いでいたのではなく、すきま風を感じていたのだ。

壁と地面との間のすき間が最も大きな場所を探していたのだ。

すき間を掘り広げて脱出のためのトンネルを掘る。


ここだ。

ここのすき間がいいだろう。

オレ様は前脚でガリガリと土をかき出しはじめた。

全員がオレ様の両脇に整列して、ものすごい勢いで土を掘りはじめた。

ガリガリガリガリガリガリ。


動物舎の外では、兵士の作業が開始された。

トラックから建設資材を降ろして組み立て始めている。

動物舎の周囲四隅にポールを立てる。

とても大きなロール状の巻物をごろごろ転がしている。

それぞれの作業がなにを意味するのか不明だが、動きは軍人らしくきびきびしている。

言葉一つ発することなく動き回って、オレ様たちを殺す準備をしているのだ。

それにしても、いったい何の作業なんだろう?


動物舎内部では、体格の大きな犬が中心となって作業が進んでいた。

大型犬が三頭並んで土をかき出す。

なんといっても一かきで掘り出せる土の量が、小動物とは比較にならない。

爪と肉球が痛くなってくると、後ろに並んでいた三頭が素早く交代する。


バサッと大きな音がして窓が何かで覆われた。

みんなに動揺が走る。

あちこちからバチン、バチンとスイッチを入れる大きな音が響いた。

同時に、強烈で大量の光が動物舎の窓から飛び込んできた。


「ハナ、偵察だ!」

「はい!」


ハナがすき間から外に走り出た。


オレ様たちのトンネル工事はさらに急ピッチで進んだ。

へとへとになるまで掘り、交代してもすぐに後ろに並んで待機する。

どの犬も肉球が裂け、つま先が血だらけだ。


ハナが戻った。

外の様子を報告する。

動物舎の四隅に屋根を超える高さの太いポールが立てられ、そこに、巨大なロール状の巻物から引き出されたビニールの幕がぐるりと渡され、今まさに、動物舎全体が透明のビニールですっぽりと覆われつつある状況なのだという。

ビニールとビニールの接合部分は熱処理でピッタリと接着され、地面に垂れた部分には鉄鋼板が乗せられ、その重量でビニールを土に食い込むくらいにグッと押さえ込んでいる。

まさに巨大なテントの中にこの動物舎が入ってしまったらしい。


「もう、あたしでさえ出入りできるすき間がない。風も通り抜けられない密閉状態になってしまったわ」


……ズサンじゃなかった。

リアルな恐怖と絶望が一気にふくれあがってきた。

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