第33話 戦争


老師たちは動物舎に収容された。


オレ様とハナは、リハビリの期間は白い人が住居にしている事務棟で寝起きしている。

動物舎が気になる。

老師たちが気になる。



深夜。

車の音で目が覚めた。

窓から見ると、一台の軍用自動車が事務棟の前に止まった。

軍人の姿が二人。

背の高いのと低いの。

低い軍人が事務棟のドアをどんどん叩いている。

白い人が髪に寝ぐせをつけたまま出ていった。

低い軍人が何か怒鳴っている。

白い人が何か言い、あくびをした。

その途端、低い軍人が白い人を殴った。

オレ様とハナは、窓からその様子を見ていた。


「きさま、われわれは軍務で来ているというのに、明日の朝出直せとは何事か!」


低い軍人は興奮していた。

でも、白い人は冷静で、書類を示しながら反論した。


「ですから、この施設の軍への引き渡しは明朝九時をもって、と書類に書いてあるじゃないですか。なら、九時にいらしてくださいよ。よりによってこんな真夜中に」


と、またあくび。


「なんだとーっ!」


と低い軍人が再び殴り掛かろうとするのを、


「まあ、それも一理ある」


と、もう一人の背の高い方が制し、胸ポケットから別の書類を出した。


「それは一週間前に発布された命令書。これが昨日のものだ。これが最も新しい」

「命令変更書?」


白い人がその最新文書を受け取って読んでいる。


「郵送では間に合わないので、われわれが直接持参した。それが、こんな時間になってしまった理由だ」


白い人は、その変更書の中に、気になる言葉でも見つけたのか、急に食い入るように読みはじめた。

読み終わっても、納得できないという風に、もう一度読み直した。

高い軍人はじっと待っている。

白い人の手が細かく震えている。


「こ、この殺処分というのは一体……」


え!

殺……処分……?


「そこに書いてある通り」

「ですから、なぜ」

「明日午前九時ちょうどに工場の建設を開始する」

「それまでに、すべての事前作業を終えておかなければならない。具体的には」


と、高い軍人が時計を見た。


「午前一時から午前七時までの間に、すべての動物を殺処分する」


……え………

いま、なんて言った?

すべての動物を?!


……殺……!? し、ょ、ぶ、ん!!


「だから、なぜですか! なぜ殺さなくてはならないのですか!」

「興奮するな。よし、ここだけの話をする。他言無用だ」


高い軍人は、そう言って白い人の目を真っすぐに見つめた。


「極めて高い機密性ゆえ、実験とは書けんのだ」

「……機密? ……実験?」

「工場の種類、目的が特定されてしまう」


白い人は、険しい顔で軍人をにらんでいる。

高い軍人は、白い人の視線をかわし、闇の荒野を見渡した。

低い軍人は、いつでも殴り掛かれる体勢だ。

白い人が高い軍人に聞いた。冷静だ。


「何の工場ですか」

「…………」

「生物兵器、もしくは化学兵器工場ですね。毒ガスですか」

「…………」

「外に情報がもれると困る毒ガスの実験を、深夜のうちに済ませてしまうというわけですか。そして朝になると、あの煙突からもうもうと火葬の煙が上り続けるというわけだ」

「聞かなかったことにしよう」


高い軍人は、腕時計を気にしている。

白い人には無力感が色濃く、でも必死に食い下がる。


「施設の引き渡し契約とは、建物と設備であって、動物は含まれないはず」

「それはきみが決めることではない。軍の要請はすべてに優先する」


荒野のはるか先に、車のヘッドライトらしい明かりがきらめいた。

三人はそちらを見た。

低い軍人が時計を確認した。


「到着しました」

「うむ」



たくさんのヘッドライトは、悪路で上下左右に揺れながら徐々に接近してきた。

それがどんな車なのか、何台なのか、ライトがまぶしくてわからない。

ただ、遠くから近づいてくる地鳴りのように重く深い走行音が、巨大な歯車がものすごい勢いで回りはじめたという不吉な予感をいっそうかき立てる。

これが消滅のスイッチなのか。


白い人が、軍人の目を盗んで、オレ様とハナを麻の袋に入れた。

その麻袋をベッドの下に隠した。



事務棟の外で、何台もの大型車が止まる重いブレーキ音が響いた。

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